座敷童子×作家【福太目線】
「じゃあ、行ってくるから。」
武雄さんは、いつもと違うスーツ姿に、少し香水の匂いを漂わせて、玄関で言った。
「うん。」
俺は返事をしながら、武雄さんのジャケットの裾を掴み、名残惜しんだ。
武雄さんはため息を吐いて、少し屈んで、俯いている俺の顔を見る。
「前から言ってあっただろう。今日は東京に行かなきゃあならんって。」
「分かってる。」
そうは言っても、やっぱり行って欲しくない。
「長谷部が、今日はどうしてもこっちに来れないんだ。打ち合わせだけだから、夜には帰るよ。」
そう言って、頭を撫でてくれる。
武雄さんと暮らして、初めて長い時間留守番する。武雄さんは作家だから、普段は家で仕事をしている。時々散歩に出掛けたりはするが、1時間程あれば戻ってくる。朝から夜まで1人きりなのは、正直、寂しい。
「土産買ってくるから。団子か?ぼた餅?」
「...いらない。」
武雄さんは頭を掻いた。困った時にする癖だ。
「福太。」
名前を呼ばれて、顔を上げると、軽く唇にキスをされた。突然の事に驚いた俺は、掴んでいたジャケットを離した。
「留守番、頼んだぞ。」
そう言い残して、行ってしまった。
俺は誰もいなくなった部屋に戻って、見廻した。箪笥の前には、武雄さんが先程まで着ていた寝巻きの浴衣が落ちていた。それを抱き締めて、その場でゴロゴロ回って悶絶する。
キスしてくれた。武雄さんから。まだ朝なのに。
それから寝巻きの匂いを嗅いだ。武雄さんの匂い。少し香ばしい様な、汗の匂いもする。もう俺の下半身はすっかり勃ち上がっている。それに手を伸ばし、ゆっくり上下に動かす。大丈夫。ちゃんと洗濯するから。アイロンも掛けるから。だから、これくらいは許してほしい。
自慰を終えると、寝巻きを洗濯機に入れて、回す。その間に掃除機や雑巾掛け。庭は、昨日草毟りをしたばかりだから、まだ綺麗だ。武雄さんが戻ってきたら、ちゃんとやった事を褒めてもらいたい。その一心で、家事をこなす。
しかし、2時間も経たない内に、家中ピカピカになってしまった。洗濯物も干し終えた。まだ、10時前。
そうなると、再び寂しさが込み上げてくる。俺は箪笥を開けて、武雄さんの着物を見た。自慰に耽ろうかと思ったが、やっぱりやめた。流石の武雄さんも、着ていない着物が洗濯されていたら、不審に思う。また頭を叩かれてしまう。
テレビを付けても、面白くない。新聞を見ても、政治家の汚職ばっかりだ。
つまらない。
ふと思い立ち、棚の上にあるお茶の缶を開けた。掃除をした時に、小銭を見付けると、武雄さんはそれを俺にくれる。これは、その為の貯金箱。中身を出してみる。780円。東京まで、電車で大人料金1000円ちょっと。子どもなら、500円で行ける。帰りは途中で降りて、歩いて帰ってくれば良い。
俺は座敷童子だから、武雄さん以外には見えない。それでも、なるべく社会のルールは守りたい。だから、電車に乗るならお金を払う。お金を全て巾着袋に入れて、家を飛び出した。
そう言えば、東京って事は知ってるけど、長谷部さんの出版社の場所は知らなかった事に、東京駅に着いてから思い出した。
どうしよう、ときょろきょろしていると、本の広告が目に入った。武雄さんの、新しい本だ。凄い。こんな広い駅に、こんな大きな広告で宣伝されているなんて。武雄さん、前よりも有名になったのかな。
広告の右下に、出版社の名前が書いてあった。東京大倉出版社。この名前の看板を目指せば良いのだろうか。でも、正確な場所が分からないと、意味がないよなあ。
駅は、人が多い。人に取り憑いている霊も沢山居る。俺は人間には見えないから、通り掛かった人に憑いている霊に話し掛けてみた。
「あの、」
歩く人間に歩幅を合わせながら、霊が振り向く。
「おや、あんた人間じゃあないね。」
「はい。あの、東京大倉出版社って、何処だか分かりますか?」
「ああ、あの大きな出版社ね。」
霊は手招きをする。
「この人、そこの出版社の人間だよ。」
なんて幸運。付いて行く事にした。
出版社に着くと、霊に頭を下げて、お別れした。
何処で打ち合わせしているんだろう。取り敢えず、編集部のある12階に行く。オフィスでは、大人が忙しそうに働いていた。長谷部さんの机を探す。あの人はだらしない雰囲気があるから、きっと机も汚い筈だ。机を一つずつ見て回っていると、男の人と女の人が、向かい合って珈琲を飲みながら喋っていた。
「しっかし、長谷部も悪いよなあ。」
長谷部さんの話だ。
「加茂川先生騙して、お見合いさせるなんて。」
騙す?お見合い?何の事だろう。
「打ち合わせって言って、帝都ホテルに呼び出したそうですよ。」
「そこで気付かない先生も先生だがなあ。」
「まあ、そこまでしないと、絶対お見合いなんて、しませんもんね。加茂川先生は。」
「独身主義者なんだろ。」
「何でも先方は、お金持ちのお嬢さんだとか。」
「結婚、ってなったら、やっぱり婿に入るんだろうな。」
そう言って、笑っている。
俺は心臓がドキドキした。武雄さんがお見合い。結婚。そうしたら、あの家から、出て行ってしまう。武雄さんと俺の、大好きな、大切なあの家。
帝都ホテル。そこに行かなければ。何とかしなきゃ。
また、場所が分からない。でも、建物の中なら大丈夫。こういう場所には、多分いる。今時は、会社やオフィスビルに住み着いている物も多い。
廊下に出て、辺りを見渡す。
いた。その場に合わない着物を着た、おかっぱの女の子。走って追いかけた。
「ねえ!」
女の子の腕を掴むと、驚いて俺を見た。
「な、何。あんた、見えるの?ああ、あんたも座敷童子?やめてよ。此処は私が住んでいるんだから。」
「違っ、そうじゃ、なくてっ、」
乱れる息を整えて、聞く。
「帝都ホテルって、何処?!」
「帝都ホテル?それなら、此処を出て真っ直ぐ行って、大きな銀行を右に曲がった所だけど。」
「有難う!」
走って、外に出た。
立派な装飾が施された建物。帝都ホテル。
ロビーには、豪華なシャンデリア。赤い絨毯。窓際に、ガラスのテーブルと黒いソファが幾つか並んでいる。
その一つに、長谷部さんと、隣に、水色のワンピースを着た女の人。あのお見合い写真の、綺麗な人だ。向かいには、スーツ姿の男の人の後ろ姿。右側だけ少し下がった肩。間違い無い。武雄さんだ。
なるべく近くに寄って、柱の影に身を潜めて、聞き耳を立てる。
「...なんで、このお嬢さんが、先生と少しでもお会いしたかったらしくて。」
「はあ。」
長谷部さんの電話が鳴った。
「すいません、ちょっと。お2人でお喋りでもしていて下さい。」
長谷部さんが席を立った。
武雄さんの前には、灰皿。一杯になる程の吸殻。武雄さんは、普段、煙草は吸わない。行き詰まった時に、煙管で一服するくらいだ。それなのに、あんなに沢山紙巻き煙草を吸っている。緊張しているんだろうか。
「先生の御本、全て読ませて頂いています。新作も、とても良かったです。」
「有難うございます。」
「でも、珍しいですね。時代小説と言えど、妖怪が出てくるお話をお書きになるなんて。」
「神です。」
武雄さんが短く否定した。
「座敷童子は、福の神です。」
すみません、と女の人は小さく謝った。それから、灰皿に目を移した。武雄さんはそれに気付いて、言った。
「すいません。ヘビースモーカーでして。吸っていないと、落ち着かないんです。」
嘘だ。煙草が嫌いな女の人は多いから、これで幻滅させる気だろう。
しかし、女の人は、うっすら笑って答えた。
「いえ、うちの父と同じ煙草を吸ってらして、親近感が湧きました。」
武雄さんは、眉をひそめて、そうですか、と吸いかけの煙草を消した。
「お水でも貰いましょうか。」
そう言って、武雄さんは、手を挙げて人を呼んだ。その時、此方を向いて、俺と目が合った。慌てて隠れたが、武雄さんが小さくため息を吐いたのが分かった。
「ちょっと、トイレに行ってきます。」
武雄さんはそう言って席を立つと、前を向いたまま黙って柱に向かってきて、俺の腕を掴んで厠へ向かった。
怒られる。武雄さんは前を向いたまま歩いている。厠の個室へ入ると、蓋をされた便座に座り込んで、大きなため息を吐いた。
「何で来た。」
小さな声で言った。
「電車で。」
「その何で、じゃあない。」
武雄さんが頭を掻いている。
「ちゃんと、掃除や洗濯、してから来たよ。」
「そう言う問題じゃあない。」
「心配だったんだもん。」
「お前に心配される程、餓鬼じゃあない。」
「だって、」
俺は思い切って、心の中に閉まっていた言葉を放った。
「武雄さん、いつもと違ってスーツなんて着てるし、お洒落な香水とか付けて、何か、色っぽいし、本当はお見合いの事、知ってたんじゃあないの?!」
武雄さんは、驚いた顔をした後、下を向いた。
「見合いは、知らなかった。それは本当だ。スーツは、東京に行く時はいつもそうだ。でも、お前と暮らしてからは、こんな格好をするのは初めてだったから、その、」
段々と、耳が赤くなっていく。
「お前に、少しでも格好良いって思われたくて、香水を...」
今度は俺が驚く。きっかけは東京だけど、お洒落をしたのは俺の為?それって、自惚れてもいいのかな。
「武雄さん。」
耳元で囁く。
「格好良い武雄さんの顔、見せて。」
武雄さんは、下を向いたまま首を振る。
「見せてくれなきゃ、キスするよ。」
黙ったままの武雄さんの耳を優しく舐めた。武雄さんは小さくビクリと反応する。口を押さえた。
「口、隠されたら、キス出来ないよ。」
それでも首を振る武雄さんの耳を舌で犯す。いやらしい音が響く。武雄さんは、口を押さえて声を殺している。
「や、」
「嫌じゃないでしょ?キスさせてよ。」
武雄さんはゆっくり手を離して、俺を見た。真っ赤な顔で、唇を噛んで我慢している。俺はその唇に自分の唇を重ねた。ぎゅっと噛み締めている口を無理矢理舌でこじ開けて、中に入れる。武雄さんは力が抜けて、とろんとした目で俺にされるがまま。
重ねていた唇を離すと、涎が糸を引いた。
浅い息をしている武雄さんの腰に、手を回す。
「やめっ、」
「やめて良いの?前、こんな状態で外に出たら、変質者になっちゃうよ。」
「自分、で、」
「武雄さん、後ろも弄らないとイけないでしょ。此処でするの?それなら一緒にやっても同じでしょ。」
真っ赤な顔で、俺の着物を掴む。涙目で、懇願するような顔。本当、この人って可愛いなあ。
後ろに手を付くような体勢にさせて、ズボンを脱がす。ゆっくりと、指を挿入れて解す。武雄さんは、声が出ないように片手で口を押さえている。
武雄さんの可愛い姿に、俺もすっかり勃っている。こんな武雄さんを前にして、我慢なんて出来る筈もない。調整しようと思ったが、あまり長い時間此処にいる事も出来ないので、いつもより大きいけれど、それをそのまま武雄さんの中に挿入れた。
「ふっ、う、」
いつもより圧迫されて、武雄さんは唸った。まだ半分も入っていない。それでも、武雄さんは苦しそうだ。俺は、武雄さんの首に付いている香水の匂いを嗅ぎながら、後ろから舐めた。武雄さんは、身体を反らせて反応する。ふっ、と一瞬力が抜けたのを見計らい、根本まで突っ込んだ。
「っ、」
武雄さんは驚いたようで、振り向いて俺を睨み付けた。そんな顔も可愛くて、俺はキスをする。キスをしたまま、ゆっくり腰を動かす。舌を絡める度に、武雄さんの穴が締まる。いつもと違う状況に興奮しているのは、俺だけじゃあないみたいだ。
「武雄さん。」
腰を動かしながら、言う。
「武雄さんには、俺だけだよね。他の人のものになんて、ならないよね?」
返事がないので、思い切り奥まで突いた。
「ね?」
武雄さんは、必死に首を縦に振った。声が出ないように我慢しているらしい。
動きを激しくし、武雄さんのものから白濁の液が吐き出したと同時に、俺も武雄さんの中で果てた。
ずるりと抜くと、中に出したものが下に垂れた。
「汚すなよっ...」
「少しなら、大丈夫だよ。内側だし!」
頭を叩かれた。
武雄さんに、外で待っていろと言われ、ホテルの玄関前で足をぶらぶらさせて、暇を持て余していた。
暫くすると、封筒を持った武雄さんが出てきた。俺はすぐ様近寄って、隣を歩く。武雄さんを下から覗き込むと、まだ少し顔が赤い。
人通りの無い道に出ると、武雄さんが話し掛けてきた。
「具合悪そうだから、帰れってさ。」
タクシー代を渡された、と言って封筒を見せた。
「タクシー、乗るの?」
「いや。」
武雄さんは、短く否定した。
「駅前に、東京に来ると必ず寄る和菓子屋があるんだ。其処に行く。」
「俺、ぼた餅!」
「朝はいらねえって言った癖に。」
武雄さんが、優しく笑った。俺は嬉しくて、へへ、と釣られて笑う。
夕日が空を赤く染める。綺麗だ。何だか、わくわくする。
「ねえ、武雄さん。」
武雄さんの顔を見て、聞く。
「手、繋いでも良い?」
武雄さんは、上を向いて少し考えてから、言った。
「駄目。」
「何で?!」
思わず大声を出す。
「恥ずかしいから。」
「誰も見てないし、見えないよ。」
「俺が、恥ずかしいんだよ。」
夕日のせいか、武雄さんの頬が赤く見える。
俺は少し悲しくて、下を向く。それを見た武雄さんが、手を出した。
「少しだけだぞ。」
「うん!」
その手をぎゅっと握って、幸せを噛みしめた。
「そう言えば、」
武雄さんが、思い出したように言った。
「あの指輪、どうした?」
「あれはね、ここだよ!」
首に掛けていた紐を着物から出した。紐の先には、金色の四つ葉の指輪。水仕事をすると錆びてしまいそうで、手には付けない。でも、いつも持っていたいから、こうして首に掛けている。武雄さんは、そんな俺の頭を優しく撫でた。
「いつか、ちゃんとしたのを、な。」
少し照れ臭そうに、武雄さんは呟いた。それを聞いて、俺は反応する。
「それって、」
「うん?」
「プロポーズ」
頭を叩かれた。でも、武雄さんの顔は、心なしか笑顔だった。
やっぱり、俺の居場所は、この人の隣しかない、と思った。
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