座敷童子×作家


「もう一度聞くが、」

俺は、目の前に正座をしている餓鬼に向かって言った。

「本当に座敷童子なのか。」

餓鬼はこくりと首を縦に振った。

目の前には、着物姿の男の子ども。かく言う俺も、着物姿だが、餓鬼の着物は俺のとは違い、継ぎ接ぎだらけ。所々ほつれも目立つ。

「座敷童子ってのは、福の神じゃねえのかい。」

餓鬼の着物と、自分の古く軋む家を見渡して、言った。

「ふ、福の神、です。」

「嘘つけ。ぼた餅泥棒が。百歩譲って、貧乏神だろ。」

「違います。座敷童子です。」

下を向いたまま否定する餓鬼に困り果て、頭を掻いた。どうしたものか。

 

最近、家の中に何かが居る気がした。

俺は作家だ。しかし、最近の作家とは違って、昔ながらの、原稿用紙と万年筆で書く事が拘り。大体の仕事の依頼は、純文学か、時代小説。ボロい古民家に住む俺には、お似合いの仕事だ。

いくらボロと言っても、自分ではそれなりに気に入っている家だ。8年前、本がそこそこ売れる様になった頃、格安で買った家。広くはないが、庭もあり、何と言ってもお気に入りの縁側。そこで茶を飲み一息付くのが、俺の幸せな時間だ。其処からは、庭に生えている紫陽花が見える。梅雨の時期は、それが楽しみで仕方ない。夏は草毟りをして、水を撒き、キラキラと光る小さな紅葉の木に想いを馳せる。秋には紅葉も赤くなり、風情が出て、冬は其処彼処に雪が積もり、なかなか素晴らしい庭だ。しかし、家は古い為、隙間風が入る。エアコンは一応付いているが、夏は家中の障子を開けて風邪を通し、冬は自分の側にだけ火鉢を置く。決して裕福では無いが、昔ながらの生活の仕方が、俺には合っている。

何かがおかしいと思ったのは、最初は何て事ない、文机の上に置いておいた原稿が、買い物に行っている間に、床に散らばっていた。見ると、障子が開けっ放しなことに気付き、閉め忘れた為に風で飛ばされたのかと思った。それからは、出掛ける際は必ず閉まっている事を確認する様にした。

次に、久しぶりに物置を掃除しようとした時だ。古い原稿が仕舞ってある箱を開けると、最近誰かが読んだ様な痕跡があった。何故なら、古い順に入れてあったはずが、バラバラになっていたからだ。出版社の担当が、俺がいない間に来たのだろうか、とも思ったが、向こうにはデジタルのデータとして残っている筈だから、何か変だ、と思った。

決定的だったのは、菓子が無くなった事。

俺は商店街にある和菓子屋の、こしあんの団子と上生菓子が好きで、御茶請けとして時々買ってくる。それがある時、菓子をちゃぶ台に置いた後、いそいそと茶を入れて楽しもうと思って戻ってきたら、その一瞬で団子が2つも減っていた。食べた覚えは無かった。

その為、犯人を捕まえるべく、夜布団に入る前にぼた餅を置いて、寝室で寝た振りをした。

12時を回った頃、カタカタ、と音がして飛び起き、襖を開けると、ぼた餅を頬張りながら、目を丸くしてこちらを振り返る男の餓鬼がいた。

 

そうして、今に至る。

「座敷童子ってのは、女の子じゃあなかったか。」

「おかっぱの子が多いだけで、男女どちらもいます。」

「福を招くんなら、何で俺の本はヒットしねえんだ。」

「そこそこ売れてるんじゃないんですか。」

「この間、宝くじを1枚買ったが、300円しか当たらなかったぞ。」

「元は取れてます。」

こりゃあ何言っても駄目だ、と俺はため息を吐いた。

「じゃあ何でお前は、そんな服なんだ。」

餓鬼は俯いたまま、顔を赤くした。

「綺麗な格好してるもんじゃねえのか。福の神ってのは。」

...んです。」

呟いた声は、小さすぎて聞こえない。

「あ?」

俺は思わず、威圧的に聞き返してしまった。

「俺は!落ちこぼれなんです!」

真っ赤な顔で、大声を出されて、驚いてしまった。座敷童子の落ちこぼれ、って何だ。

餓鬼ははっとして、再び下を向く。

「座敷童子は、普通は福の神の子どもです。でも、俺の場合、片親が貧乏神で。だから俺の操れる福は、大した事ないんです。」

片親が貧乏神。って事は、俺を貧乏にする力もあるって事か。それは、大分困る。今だって、質素な暮らしで一杯なのだから。

「貴方を貧しくしてやろうと言う気はありません。どちらかと言うと、幸せになってほしいです。貴方は、実直で誠実な生活をしているから。」

褒められた、のだろうか。

「書かれていたものも、家にあったものは全て読ませて頂きました。面白かった。俺に力があったら、貴方をもっと有名にしてあげたいと思う。」

やはり、原稿がバラけていたのは、こいつの仕業か。

餓鬼は額を畳に付けて、土下座した。

「お願いします。色んな家を廻ったけど、此処程居心地の良い場所は無いんです。貴方程優しい人も居なかった。悪さはしません。約束します。だから、此処に置いてください。」

「いや、悪さしてんだろ。人が楽しみにしていた団子を食いやがって。」

「腐っても座敷童子なんで、和菓子が好物なんです!」

「開き直るな。」

ペチン、と頭を叩いてやった。餓鬼は叩かれた頭を自分で撫でて、何とか此処にいる意味を見付けようとしている様だった。

腐っても座敷童子。俺は上を向いて唸りながら考える。

「そうだな、」

独り言の様に言った。

「庭掃除とか洗濯とか、やってくれる奴がいりゃあ、助かるなあ。」

餓鬼は顔をゆっくり上げて、俺を見る。

「そうすりゃあ、書き物に没頭できるんだがなあ。」

「やります!」

叫びながら、手を挙げた。

「俺、やります!だから、」

「置いてやるよ。ただし、」

餓鬼の顔を覗き込む。

「勝手に菓子を食うんじゃねえぞ。」

餓鬼は首を勢い良く縦に振って、嬉しそうに笑った。

 

餓鬼には、名前が無いと言う。普段、座敷童子、と言う総称で通ってしまうし、神様ってのはわざわざ呼称を付ける習慣がないらしい。

名前が無いのは困る。呼びたい時に、「座敷童子」なんて呼ぶのは、少し長すぎる。

「お前、今日から福太な。」

一応福を呼ぶんだし、縁起の良い名前が良いだろう、と適当に付けた。名前を呼んで、頭を撫でてやると、へへ、と笑って喜んだ。

「俺は、」

「知ってます。加茂川先生。」

流石、原稿を読んだだけの事はある。しかし、

「先生、ってお前から呼ばれるのは、少し恥ずかしいな。武雄で良い。」

「加茂川龍武(カモガワ リュウブ)先生、じゃあないんですか。」

「そりゃあ、ペンネームだ。本名は、加茂川武雄。」

「たけお。」

「そう、武雄だ。」

普通の名前なんですね、と言う福太の頬を抓った。

「名前が無かった奴に言われたく無え。」

「す、すみません。武雄さん。」

抓られた頬を摩りながら、福太は謝った。

それから、箪笥を漁り、着ていない着物を幾つか見繕った。

「何をしているんですか。」

「これを仕立て直して、お前のサイズにしてもらう。いつまでもそんなボロ着てちゃあ、面子が立たんだろ。」

「これを俺が...

福太は取り出された着物を見て、目を輝かせた。子どもが着ても違和感の無い、明るめの色合いを選んだが、どうやら気に入ったらしい。 

「明日朝一で店に持って行って直してもらうから。一緒に来いよ。」

サイズを計らなきゃならん、と言うと、福太は困った顔をした。

「どうした。」

「いや、あの、」

「はっきり言え。」

福太は深く息を吸い、言った。

「貴方はこの家の主人だから、俺が見えるんだと思いますけど、外の人には、俺の事見えないと思います。」

「何で。」

「一応、座敷童子ですから。」

ああ、そういや座敷童子って、妖怪みたいなもんか、と今更気付く。

「それなら、測っていかないと駄目か。」

戸棚の奥から裁縫箱を取り出して、メジャーを探す。

「あの、着物屋さんなら、多分俺のサイズ分かると思います。子どものサイズって言えば。」

「子どもも幅広いだろ。黙って測らせろ。」

やっと見つけ出したメジャーで、身体を測った。福太は時々、恥ずかしがったりくすぐったがったりしながら、黙ってされるがまま、サイズを測らせた。

「直ぐに出来ると思うから、暫く我慢してろよ。」

福太は嬉しそうにはい、と返事をして、笑顔になった。

 

福太は良く働いた。流石家の神と言うべきか、家事全般は何でもこなせた。見た目が子どもとは思えない程の、手際の良さだった。

特に、料理が得意な様で、福太の作る飯は素朴ながら絶品で、お陰様で俺は多少太った。

「いやあ、いつもきちんと締め切り守って頂いて、有り難いです。しかし先生、彼女でも出来ましたか?」

原稿を取りに来た長谷部は、家を見渡して言った。

「随分家の中が綺麗じゃあないですか。それに、先生少しお太りになりましたよね。幸せ太りって、やつじゃないですか。」

「そんな物いたら、独り身を満喫出来なくなってしまうじゃあないですか。俺は生憎、独りの時間が欲しくて、この家を買ったんでね。」

しかし、長谷部はニヤニヤしながら俺の着物を見る。

「そんな事言って、着物にもしっかりアイロンが掛かっていますよ。先生、そんな事するタイプじゃあ無かったじゃあないですか。」

俺は、庭で草毟りをしている福太をチラリと見る。まさか、座敷童子がやってくれている、なんて言っても信じては貰えないだろう。

「満月堂の和菓子を買ってきたんですが、これじゃあ足りなかったかな。」

見ると、俺の好きな和菓子屋の上生菓子が4つ、紙に包まれていた。

「充分ですよ。」

「だって、彼女の分もいるでしょう。」

「そんな物いませんって。」

長谷部は中々にしつこい男だ。今迄俺に浮いた話が無かったせいもあるだろうが、どうにか存在しない恋人の事を聞き出そうとしている。

「じゃあ、これも無駄でしたかね。」

取り出したのは、立派な装丁の、四つ切りサイズの台紙。中身を見るまでもない。紛れも無く、お見合い写真だ。

「毎回断っているじゃあないですか。」

「いや、でも今回のはね、先生の大ファンなんですよ。中々気立ての良いお嬢さんですし。若くて可愛い女性ですよ。」

「喧嘩売ってるんですか。」

俺の様な40手前のおっさんに、若い女性を紹介するとはおかしな話だ。

「若い方が良いじゃあないですか。よく働いてくれるし。何なら看取ってくれるし。」

「縁起の悪い事、言わないで下さいよ。」

「もっと若い人がお好みですか。もしかして、彼女も歳の差、凄いんですか。」

福太を見る。見た目は10歳前後と言う所。まあ、座敷童子なんて、実際には何年生きているか分からない。俺より年上かもしれない。

「何ですか、先生。さっきから庭の方をチラチラと。」

長谷部も庭を見た。

「何もいないじゃあないですか。」

開け放たれた障子からは、俺の視界にははっきりと福太が見える。どうやら、俺以外には見えないと言うのは、本当らしい。

「兎に角、彼女はいませんし、これも今回もお断りします。」

お見合い写真を長谷部に押し付ける。

「せめて中身を見て下さいよ。こっちにも面子があるんですから。それは置いていきますから、ゆっくり考えてから、答えてください。」

原稿を鞄にしまい、長谷部はそそくさと出て行った。

あの男には、困った物だ。頭を掻いて、ため息を吐いた。

立ち上がって、庭の方に声を掛ける。

「福太。そろそろ休憩にしよう。菓子を貰ったぞ。茶にしよう。」

福太はぱっと顔を上げ、いそいそと手を洗ってお茶の準備をし出した。

「うわあ、生菓子だ。」

笑顔で、どれにしようか、と選んでいる。

「武雄さん、俺、これ、」

と、言い掛けた福太の目に、お見合い写真が留まった。

「これ、何?」

「ああ、何でもない。」

俺はそれをゴミ箱に放ったが、福太はそれを拾い上げ、中身を見た。

「綺麗な人...

それから、俺を見る。

「武雄さん、この人と結婚するの?」

「しない。」

「でも、」

「関係無いだろ。」

思わずきつい口調で言ってしまった。福太はもごもごと口籠る。

「で、でもさ、俺、家事は出来るけど、武雄さん、俺と暮らしてから、その、してないじゃん。」

「何を。」

「自慰。」

お茶を吹き出してしまった。慌てて拭く。

「武雄さんが俺に気付く前から、俺はこの家に居たよ。だから、武雄さんが偶にしてるの、俺、見ていたもん。」

「そんな事、気にしなくて良い。俺は元々淡白な人間だ。そんなしょっちゅうやらなくても大丈夫だ。」

「で、でも俺、」

まだ何かあるのか。

「自慰をしている武雄さんを見て、その...

嫌な予感がする。

...やってたのか。」

小さく頷く福太。お見合い写真で顔を隠しているが、恐らく真っ赤だ。

「だ、だって武雄さんのやり方、凄いんだもん。一人暮らしだからって、声も抑えないし、それに、後ろ弄」

「ストップ!」

今度は俺の方が真っ赤になった。

「やめてくれ、恥ずかしすぎる。」

「何で後ろも弄るの?武雄さんって、そう言う趣味の人?」

顔はあどけない子どもだが、聞いてくる事は変態オヤジと変わらない。

...若い頃、付き合っていた女に、興味本位でやられて、それから前だけじゃあイけなくなって...

「じゃあ、まだ指しか挿入れた事ない?」

「あ、ああ。」

福太は距離を詰めて近付いて来た。

「俺が、気持ち良くしようか?」

耳元で、子どもらしい高い声で囁かれた。声は子どもなのに、それに反したいやらしい言葉を言われて、耳がゾクゾクした。

「そ、んな事、お前みたいな、子どもが、」

声が震える。福太は気にせず、着物の隙間から下着に手を掛ける。何故だか力が入らず、抵抗出来ない。

「見た目は子どもだけど、俺、武雄さんより年上だよ。」

そう言って俺を押し倒し、キスをしてきた。何処で覚えたのか、舌を絡めてねっとりと、濃厚なキスをする。

指はするりと後ろの穴に触れる。ズプリ、と一本挿入れられ、身体が仰け反った。それに反応して、前も勃ち上がる。

「凄い。武雄さん。」

「や、め、ろ、」

震える声と垂れる我慢汁で、説得力は皆無だ。それに気を良くしたのか、福太は指を増やして、中で暴れさせる。指が曲がる度に、ビクンと跳ねる身体。

「気持ち良く、するから。」

福太は自分の着物を捲り、立派にそそり勃つそれを露わにした。身体に反して、大きすぎる。そんなもの挿入れられたら、尻が裂ける。

「あ、ごめんなさい。今、小さくするから。」

どうやらそれは、大きさを自在に操れるらしい。流石は神、いや、最早妖怪だ。

子どもよりも、まだ少し大きいが、それ以上小さくはならない様だった。

「ごめんなさい。興奮して、調整が上手くいかないみたい。」

福太はそれを俺の後ろに当てて、ズッ、と奥へ挿入れていく。

「う、あ、」

「息吐いて。武雄さん。」

そう言いながら、耳を舐められると、力が抜けて、そのまま奥へと入った。

はあ、はあ、と浅く息をして、圧迫感から逃れる様に、福太の着物を掴む。福太は腰を動かし、俺の顔を覗き込む。

「武雄さん、真っ赤。可愛い。」

「う、煩い。」

おっさんに可愛いとは何だ、と思ったが、福太の方が年上だと知った今は、ただただ恥ずかしい。

福太は再びキスをしてくる。好きな様だ。キスをする度に、中にあるそれが大きくなる。

「ずっと、武雄さんが好きだった。」

動きながら、福太は言った。

「武雄さんの側にいたい。」

「わ、かった、分かったからっ、」

指とは比べ物にならない快感が押し寄せる。頭が働かなくなってきた。おかしくなりそうだ。

「早く、」

終わらせろ、と言う言葉を言おうとしたが、何を勘違いしたのか福太は動きを激しくした。

「武雄さん、」

名前を呼ばれると、それに反応して穴が締まる。福太が奥を突いた途端、俺のものから白濁の液体が溢れ出た。同時に、福太も俺の中で果てた。

そのまま、俺に覆い被さり、首筋にキスをする。

「武雄さん、初めて、どうだった?」

「黙れ。早く抜け。」

福太を引き剥がし、其処に座らせる。

「仮にも座敷童子。仮にも福の神だろ。何て事やってんだ。」

説教をすると、福太は上目遣いに俺を見ながら、頬を膨らませた。

「武雄さんだって、気持ち良かったくせに。」

頭を叩いた。

 

散歩をしていると、駄菓子屋の前に100円を入れて回す機械があった。運試しに、小銭を入れて回してみた。

原稿が一段落した後の散歩は、気分が良い。次いでに満月堂に寄り、季節限定のずんだの餡団子を買った。

家に帰ると、福太は縁側の拭き掃除をしていた。

「おかえりなさい。」

「団子を買ってきた。休憩しよう。」

お茶を入れて、団子を口一杯に頬張る福太を見て、自然と笑みが溢れた。

「ああ、そうだ。」

思い出し、袖から先程手に入れた玩具を取り出して、福太に渡す。

「運試ししたら、1番ラッキーなやつが出たぞ。お前の福も、上がってきてるんじゃあないか。」

丸いケースを開けると、金色の、四つ葉の装飾の付いた指輪が入っていた。福太はそれを指に嵌める。ピッタリだ。

「結婚なんて、御免だね。養うのは、お前1人で充分だ。」

家事もやってくれるし、と言うと、福太は目を見開いて俺を見た。

「指輪に、その言葉、それって、」

頬を赤く染め、声が震えている。

「プロポーズ」

「勘違いするな!」

福太の頭をペチンと叩いた。

叩かれた事は不満そうだったが、指輪を見ると、ふふふと笑って嬉しそうだ。

俺はお茶を啜りながら、空を見上げる。

自由な独り身では無くなってしまったが、この生活も案外、悪くないな、と思った。