白と動物使い
「今日もよく頑張ったね。沢山お食べ。」
僕は一仕事を終えた動物達に、餌を与えた。
此処はサーカス。僕の家。僕は動物使いとして、ライオンや虎、猿や象達と曲芸を披露している。
パフォーマンスとして鞭は使うが、決して当てないのがモットー。動物達は僕の友達。生まれた時からいつも一緒。父さんと母さんは、このサーカスで空中ブランコを披露する曲芸師。でも、僕にはその才能は受け継がれず、動物使いになった。
1年前に練習中の事故で、両親は命を落としたが、今は寂しくない。サーカスの皆は優しいし、哀れに思った団長が動物を増やしてくれた。僕は幸せだ。
腹を空かせた動物達の食事風景を見ながら、僕は自然と笑顔になる。公演が無事終わった後の食事は、大層美味しいのだ。
ぐう、とつられて僕のお腹も鳴る。いつも、自分の食事よりも動物達を優先させてしまう。他の団員は、もう食べ終わってしまった頃だろうか。
「後で、綺麗にしてやるからな。」
ブラッシングを約束し、僕は空になった餌の入っていたバケツを片付けに、テントの裏に回った。其処に水道がある。食事の前には手を洗え、といつも言われている。
水道に向かって歩いていると、何処からかガタン、と音がした。誰かが自分のコンテナに帰ってきたのだろうか。音のした方を見ると、コンテナの後ろに黒い影。
まさか、盗賊?
今日は公演があったから、団長のコンテナにはお金がある。それを狙って来たのかもしれない。
何か武器を、と足下に落ちていたジャグリング用の棍棒を手に取り、影の方にそっと近付く。深く息をして、棍棒を振りかざした。
「うわあああっ!」
大声を出すと、影の正体がこちらを向いた。
僕は思わず、手を止めた。身体が、動かなくなった。
其処にいたのは、真っ白い長い髪、透き通るような肌、綺麗な青い目の人間だった。肩を押さえ、座り込んでいる。白い肌に似合わない青痣が、頬にある。
天使?
そう思うくらいに、美しい。
その人は、僕を見上げて小さく声を出した。
「...何だよ。」
女の人かと思ったが、違った。見た目に反する、低い声。はぁ、はぁ、と浅く息をしている。
僕はやっと、彼が怪我をして動けないんだと気付いた。棍棒を放り、側に寄る。
「大丈夫?怪我、してるよね?」
頬の痣に触ろうとすると、ビクリ、と震えた。
「ご、ごめん!痛い?」
慌てて謝ると、彼はホッとしたように口許を緩めた。笑うと本当に、天使みたいだ。
「こっちこそ、すまん。いきなり現れて。驚かせたよな。」
低い声で言う。
「ちょっと襲われてな。痛くて動けないんだ。悪いが肩を貸してくれねえか。」
僕は彼の腕を自分の肩に回し、立ち上がった。
「痛くない?」
「痛えよ。だから助けてくれって、言ってるんだろうが。」
見た目に反し、口が悪い。
それでも僕は、彼を自分のコンテナへ運んだ。
医療箱を借りて来て、彼の手当てを始めた。
取り敢えず、顔の痣に軟膏を塗る。彼は黙って目を瞑っている。痣の割には、こちらは痛くないようだ。
長い睫毛も、真っ白だ。
次に、押さえていた肩を見た。
「脱臼してる。」
「思いっきり蹴られたからなあ。」
苦笑いしながら言った。
ぐっ、と力一杯肩を押して、ずれた骨を治す。ゴキリ、と言う音と共に、骨は本来の位置に戻った。
彼を見ると、唇を噛み、痛みを我慢していた。かなり痛かったようだ。
「大丈夫?」
思わずまた聞いてしまった。
「だから」
彼は息を吐く。
「大丈夫じゃねえんだって。」
「ごめん。」
思わず謝る。
彼は脚をひらひらさせた。
「こっちも頼む。」
ズボンを捲ると、綺麗な脚が露わになった。そこには白い肌に似つかわしくない、赤い血が流れた傷。血を拭き、消毒をしながら、僕は何だかドキドキした。ガーゼを当て、包帯を巻く。
巻き終わると彼はお礼を言った。
「助かった。ありがとよ。」
そうして、僕のベッドに横になった。
それには流石の僕も、文句を言った。
「ちょっと!」
「何だよ。」
今にも寝そうな顔で、僕を見た彼は、何処かの国で見た女神の絵のようだった。
「勝手に、人のベッド取らないでよ!僕の寝るところが無いじゃないか!」
煩いなあ、と言うふうに、彼は向こうを向いた。なんて太々しい態度。女神と思ったのを撤回する。
「僕は夕食もまだなんだ。それに、手当ては終わったんだから帰りなよ!」
夕食、と言う言葉に、彼は反応した。
「飯!俺の分も!持ってきて!」
「なっ...」
「頼むよ、な?助けてくれたからには、最後まで面倒見てくれんだろ?」
「そんな、動物じゃあるまいし...」
「腹減ってんだよー。なあ、良いだろ?帰る場所も無いし、暫く泊めてくれたって」
「暫く?!」
僕は耳を疑った。冗談じゃない。
「そんなの、無理だよ!僕だけじゃあ、判断出来ない。」
彼はちっ、と舌打ちし、また横になって文句を言う。
「頼りねーな。」
僕はムッとして答えた。
「此処はサーカスだもの。皆の許可が無きゃ、よその人を泊めるわけにはいかないよ。」
「じゃあ」
彼はゆっくり起き上がった。
「皆に許可取りゃ、此処に置いてくれんのか?」
そう言うが早いが、足の傷も忘れ、飛び出した。
「え?ちょと、待って!」
僕は慌てて追いかける。
「団長のコンテナ、分かるの?!」
するとぴたりと足を止め、
「そうだった。知らん。」
振り向いて、ペロリと舌を出す。
僕は大きくため息をついた。
「今なら、食堂に使ってるコンテナに、皆いる筈だから。其処に行こう。」
彼の手を引き、向かった。
食堂に入ると、ほとんどの人が食べ終え、雑談をしたり身体をほぐしたりしていた。
「お、セオドア。誰だその美人。何処で拾ってきた。」
アフリカ系のパフォーマーが声を掛けると、他の人々も集まってきた。
「あら、本当に綺麗。この髪、染めてないの?」
フランス人の踊り子が髪を触る。
「団長!セオがまた、なんか拾ってきたぜー!」
東洋人のイリュージョニストが、団長を呼んだ。呼ばれた団長は、皿に残っていた肉をかき込んでから、こちらに向かって来た。
「セオ、呼びに行こうと思ってたんだ。飯、まだだろう?何してた?ところで、その子は?」
「あ、ごめんなさい。動物達に餌をあげていて。それで、その、」
団長の質問責めに、しどろもどろ答えると、隣でそれを見ていた彼は自分から話し出した。
「怪我をして倒れ込んでいたら、彼、セオに助けてもらったんです。俺はオーランド。オーリーって、呼んでください。」
その声に皆が驚いた。
「男か!」
団長が豪快に笑う。
「こりゃあ面白い!お前さん、このサーカスに入らんか?その見た目なら踊り子か、ギャップを生かして道化師も良いなあ。」
「恐縮です。」
丁寧に頭を下げたオーリーを見て、僕は思った。先程の僕に対する言葉遣いと、あまりに違いすぎる。何だよ、手当てしてやったのに。他の人には態度をガラリと変えちゃってさ。そんな風に出来るなら、僕にだって敬意を払ってよ。
腕組みをしながらやりとりを見ていた僕に団長が目をやり、ポン、と手を叩いた。
「そうだ!取り敢えずは、セオと一緒に動物使いで、サーカスに馴染んでいくか?」
僕はぽかんと口を開ける。
「で、でも団長!動物使いは簡単な仕事じゃないんですよ!そりゃあ僕だって人の事言えないけど、力仕事もたくさんあるから、彼みたいな細い人には無理ですよ!」
団員の皆が僕の言葉に笑った。腕を掴んで持ち上げる。
「セオ、お前、自分の方が細いくせに、よく言うなあ!」
コンテナ内が笑いに包まれる。僕は顔が赤くなった。
確かに僕は、細い。でも、全く筋肉が無いわけじゃない。だって毎日動物達に重い餌を運んでいるんだ。昔よりずっと、力があるはずだ。と自分に言い聞かせる。
彼、オーリーが僕の方に振り返り、手を出した。
「宜しく頼みます。」
僕は渋々、握手した。
「しかしなあ」
団長が困った顔をする。
「コンテナが今一杯なんだよなあ。オーリーの部屋は、どうするか。」
「セオと一緒で、良いんじゃないですか?」
そうだそうだ、と皆が言う。
「え、でも」
僕だってやっと1人部屋が貰えたんだ。いきなり、見ず知らずの人間と相部屋なんて。
「そうだな。セオはチビのくせに1人部屋だったからなあ。オーリーは細いし、取り敢えずはベッドも一つで大丈夫だろう。」
何てこった。大変な事になってしまった。
それからオーリーは正式にサーカス団員として認められ、僕と一緒のコンテナで暮らす事となった。
「前は、見世物小屋にいたんですよ。」
夕食後の談話時間、オーリーが皆に話していた。
僕は椅子に座って、動物達のブラッシング用の櫛の手入れをしながら、聞き耳を立てた。
「こんな身なりなんで、フリークとして売られましてね。でも、そこの奴らが本当最悪で、ホラ、見た目だけならそこら辺の女より美人じゃないですか。」
照れている様子もなく、自分で言う。
「だから、しょっちゅうシモの世話させられまして。タマに歯立てて噛み付いたら、殴られて、何とか逃げて来ましたよ!」
「それは、ここに来てよかったなあ。」
流石の僕も、少し同情した。そんな所にいたら、気が狂いそうだ。だから、あの日痣だらけだったのか。
「ここの奴らは、皆仲良いからなあ。団長があんなんだし。」
皆が残したステーキにかぶり付く団長を見る。
「あの人は、行く先々で身寄りのない俺たちみたいなのを受け入れてくれるんだ。人類皆親戚〜とか言ってな。」
このサーカスには、アメリカ人、イギリス人、フランス人、アフリカや東洋、白人黒人関係なく色んな人がいる。団長の懐の大きさに救われた人ばかりだ。
「今の時代、差別が多い中、此処は俺たちみたいなのには天国さ。」
黒人のパフォーマーは言った。
「俺も、此処に来てよかったです。」
オーリーは言った。それから僕の方をチラリと見た。
「同室のセオも優しいし。」
ニヤリと笑うオーリーから目を逸らした。
部屋に戻ると、僕はオーリーに怒鳴ってしまった。
「何だよ、さっきの!」
「何が?」
とぼけた顔で、オーリーは聞き返した。
「僕が優しいんじゃなくて、君が勝手に僕の物を使うんだろ!ベッドは独り占め、服だって僕のを着るし、片付けもしないで散らかすばかり!」
「だって、どうせセオが片付けてくれるじゃん。」
「君が片付けないから、仕方なく僕がやってるんだ!」
「良いじゃねえか。面倒な奴だな。」
先程の皆の前とは打って変わって、我儘放題のオーリー。相変わらず、僕の前では口が悪い。
いつもの通り、ベッドの真ん中に寝転がる。
「良い加減にしろよ!動物達の世話だって全然しないし、仕事覚える気あるのかよ!」
声を荒げる。オーリーは寝転がったまま、耳を両手で塞いだ。
「あーあー煩いなあ。仕方ないだろ。団長が、俺には綱渡りの才能があるって、そっちの練習やってるんだからよ。」
あの日の翌日、オーリーは皆の前で驚異のバランス力を見せた。それは本当に素晴らしいもので、15メートルの高さで、1センチもない細さの縄の上で飛んだり跳ねたりした。皆驚き、歓声を上げた。それからは動物使いではなく、綱渡りの練習に明け暮れていた。
僕には無い、素晴らしい才能だ。しかし、それが、僕の嫉妬を膨らませる。
「でも動物の世話だって、最初に決めた約束じゃないか!」
「約束じゃねーよ。取り敢えず、ってだけだろ。」
その言葉にカッとなった。動物の世話が取り敢えず?その程度の気持ち?あんなに可愛い動物達に、愛着も湧かないなんて。団長が、僕の為に増やしてくれた、可愛い動物達。
「もう、いい!」
そう言って、部屋から飛び出した。
「おい!」
オーリーが叫ぶ。
「何処行くんだよ!」
「動物達と寝る!君なんかより、ずっと優しいもん!」
僕は走って、動物達の所へ向かった。
檻の中、月明かりが照らしている。
「今夜は此処で寝かせてね、よろしくね、エヴァ。」
エヴァは、このサーカスに来た初めての動物。僕が生まれる前からいる、雌のアフリカゾウ。
干し草でベッドを作っていると、母性本能の強いエヴァが僕の身体に長い鼻を絡めて来た。
「慰めてくれるの?」
エヴァの鼻を優しく撫でた。
「エヴァは、優しいね。オーリーも、僕にも優しくしてくれれば、僕だってあんなに怒らないんだけどな。」
エヴァは僕の独り言の様な話を聞いて、小さく鳴いた。
「何1人でブツブツ言ってんだよ。」
ふと見ると、檻の外にオーリーが立っていた。
「1人じゃないよ。エヴァがいるもの。」
「象だろ。」
ただの象じゃない。エヴァは特別だ。僕の両親が死んだ時、いつも側で寝かせてくれた。
黙って干し草のベッドを作り続ける。
「おい。返事しろよ。」
オーリーが少し苛ついているのが分かった。でも、僕だって怒っている。そう簡単に折れたりしない。
「なあって。」
痺れを切らしたオーリーが、檻の柵を揺らした。
「やめてよ!エヴァがびっくりしちゃう!」
「なら、なんか言えよ!いつもいつも、黙ってばっかり。突然キレやがって!それなら普段から、言えばいいだろ!」
「じゃあ言うけど!」
僕はオーリーに柵越しに近付いた。
「何で僕には酷い態度取るのさ!皆には優しいのに、僕にばっかり乱暴な言い方。馬鹿にしてるんだろ、曲芸も出来ない、動物に頼ってる僕を!君には素晴らしい才能があるんだもんね!」
オーリーは驚き、それから少し寂しそうな顔をし、僕に頭を下げた。
「ごめん。」
今度は僕が驚いた。
「俺、安心してたんだ。セオは、何言っても何やっても、何やかんや俺の世話焼いてくれるから。すっかり甘えてた。動物使いの仕事だって、寧ろ尊敬してる。毎日細かく動物を見て、管理して、偉いなって。俺には、そういうの、出来ないから。凄いよ。」
それから頭を上げて、僕を見た。
「俺、さ。見世物小屋にいた時、檻で暮らしてたんだ。だから、片付けとか、そういうの出来なくて、って言ったらただの言い訳だけど...」
「そう、だったんだ。」
「だから、教えてくれ。そうしたら、ちゃんとするから。ベッドも、一緒に寝よう。嫌なら、俺は床で寝るから。」
「嫌じゃないよ!」
弱気なオーリーを初めて見て、思わず言った。
「嫌じゃない。僕こそ、君に嫉妬してたんだ。何も苦労しなくても皆に好かれて、才能もあって。」
「好かれてない。」
「そんな事」
「本当の俺を知ってるのは、セオだけだ。」
そう言われると、少し嬉しくなってしまった。
オーリーが、僕の名前を小さく呼んだ。僕は体をかがめ顔を近付け、何、と尋ねた。
途端にオーリーは背伸びをして、僕の唇に自分の唇をそっと重ねた。僕は驚いて後退りし、エヴァの鼻に躓いた。
オーリーは、柵の間に手を伸ばした。
「戻ろう。」
部屋に戻り、コンテナの扉を閉めた途端、オーリーが僕の顔を両手で覆い、キスをしてきた。僕は驚いて抵抗できずにいると、今度は舌を絡ませ、僕の下半身に自分の下半身を擦り付けてきた。オーリーのそれは、随分硬くなっていた。
浅く息をしながら、キスを続ける。腰はカクカクと動いている。一瞬唇が離れた時、僕はなんとかオーリーを鎮めようとした。
「待って」
「待てない。」
そのままベッドに倒される。オーリーはすかさず服を脱ぎ、裸になった。僕は、怖くて動けない。こんなオーリーは見たことがない。
「セオは、いくつだ。」
興奮を抑えきれないオーリーは尋ねた。
「じゅ、16歳。」
「じゃあ、俺の方が年上だ。」
言いながら、僕の服も脱がし始める。
「女を抱いた事、ある?」
「な、無いよ!サーカス以外の女の人と、話した事ないもん!」
「抱かれた事は?」
「無い!無いったら!」
僕の胸に顔を埋め、そこにある突起を舌で器用に転がす。手は僕の下半身に持っていく。僕は必死で声を殺した。
「気持ち良かったら、声出して。」
首も振れないほど、余裕の無い僕。それを見たオーリーは、自分の後ろを指で弄りだした。
「セオが挿入ろ。」
挿入る?僕が、オーリーに?
「む、無理だよ!」
思わず叫ぶ。オーリーは少し悲しそうな顔をした。
「俺じゃ、嫌か?」
「嫌ってわけじゃなくて」
「じゃあ、何だよ。」
「やり方が...」
「分からない?」
恥ずかしいが、その通りだった。首を小さく縦に振る。
オーリーは少し考えて、言った。
「分かった。じゃあ今日は俺がセオに挿入る。身体で覚えろ。」
そうして僕の後ろに指をゆっくりと入れた。
「ゔっ...」
声にならない呻きが、出た。
「少しずつ、慣らす。痛いか?」
「痛...くはない、変な、感じ。」
「そうか。」
そう言ってどんどん指を増やし、広げていく。奥を触られると、ビクン、と身体が仰け反った。
「な、に、これ...」
「ここが、良い所。」
再び、身体が反応する。
「や、怖い、やだ」
「大丈夫。」
大丈夫じゃ、ない。
下半身のモノが勃ち上がり、汁が出ているのが分かる。
「そろそろ、良いか。」
オーリーのモノを僕にくっつけた。
「待っ」
ズンッ、と深く刺さる感覚。目がチカチカした。
オーリーは、深く息をすると、腰をゆっくりと動かし始めた。
揺れる頭。襲いくる快感。訳が分からなくて、怖い。
オーリーにしがみ付くと、首筋に噛み付いて声を我慢した。
「セオ、痛い。」
「ご、ごめん。」
慌てて口を離す。オーリーは笑っていた。優しい笑顔だ。
「動物みたいだな。」
そう言って、キスをする。舌を絡めて、お互いの唾液を吸う。
途端に、奥の何かに、ゴリッ、と当たった。
「ひっ...」
今までにない気持ち良さに、目眩がした。
「ここ?」
オーリーが聞いてきたが、僕には返事をする余裕は無い。それを見抜いてオーリーはそこばかり責める。
「や、だ、そこばっかり」
「気持ちいいんだろ?」
「頭、変になるっ...」
何かが溢れてきそうな感覚に陥る。
「オー、リー、なんか、出そう、怖い」
「怖くないよ。」
優しく頬を撫でた。
「俺も、出そうだ。」
そう言った途端、身体が痙攣し、それと共に白いドロドロとした液体が、勢いよく溢れ出した。身体の中にも、生温かいものがドクリ、ドクリと出てきたのが分かった。オーリーの熱を、溢れ出る精液を身体で感じた。
痙攣が治まると、オーリーは僕の体から抜き、それからもう一度、今度は軽くキスをした。
僕はというと、初めての行為に、身体が動かなくなっていた。
「何だったの、あの感覚...」
息も絶え絶え、呟いた。
「これが、セックス。」
オーリーが言った。
正直、怖かった。自分が自分じゃなくなる様な、そんな感じ。
僕の顔を覗き込んで、心配そうに頭を撫でた。
「大丈夫か?嫌だった?」
「嫌、じゃなかった。でも、凄く疲れた。」
そんな感想を聞くと、オーリーは笑った。
それからのオーリーが変わったかというと、そうでもない。相変わらず皆の前では良い子ぶっているし、僕には当たりが強い。
でも、本当のオーリーを知っているのは僕だけだと思うと、何だか誇らしかった。誰もいない時は、昼間でも時々キスをしたりする。
夜は毎晩の様に、行為に及ぶ様になった。オーリーが教えてくれて、僕も挿入る事が出来る様になった。オーリーの中は、柔らかくて、溶けてしまいそうだった。
そんなある日だった。
たくさんの雨が降って、皆でサーカスのテントから小高い丘へ避難した。
洪水になり、全てが流された。テントも、コンテナも、そして動物達も。
僕はたくさん泣いた。涙が止まらなかった。
団長は言った。
「これで終わりじゃない。私たちは、まだ頑張れる。私たちは家族だ。一致団結して、またやり直そう!」
皆の士気は高まったが、被害の額は100回公演したって払いきれない額だった。それでも皆、必死で頑張った。屋根のない、屋外でパフォーマンスをして、小銭を稼いだ。
すると、それが瞬く間に噂になり、人が入らなくて潰れたミュージアムのオーナーから、是非此処を使ってくれ、と申し出があった。古くてボロボロだったので、貸金は売り上げの10%で良いと言われ、皆で喜び、自分たちで壊れた箇所を修復、素晴らしいサーカス小屋が出来た。
団員たちはコンテナ暮らしから、建物内のたくさんの広い部屋に移り住んだ。
これが、地に足をつけた生活。旅をして回らなくても、一つの街で一生を暮らせる事は、夢の様だった。
しかし、僕だけは違った。天井の高いテントから、建物へと移ると、動物のショーは出来なくなった。僕は長年お世話になったサーカスに、別れを告げた。やっぱり、動物と関わっていたかった。
サーカスを抜ける時、皆僕がいないと寂しい、と惜しんでくれた。団長は、
「離れていても、私たちは家族だよ。」
と言ってくれた。
新しい場所へ、僕の居場所を見つけに行こう。そう思って出て行こうとすると、
「待って!」
と大きな鞄を抱えて、オーリーが走ってきた。
「俺も、一緒に行く。」
「でも、君にはサーカスでの才能が」
「そんなもん、いらない。」
オーリーは言った。
「俺は、セオの隣にいたいんだ。これからも、ずっと。」
涙が出た。2人で固く抱き合い、サーカスに別れを告げた。
「その鞄、何が入ってるの。」
僕は尋ねた。
「動物の餌とか、ブラッシング用の櫛とか、他にもたくさん。これがなきゃ、始まらないだろ。」
「有難う」
「まあ、殆どセオのだけどな!」
「殆どじゃなくて、全部僕のだよ。」
「細かいことは、気にすんな!」
2人で大笑いして、歩いた。オーリーの白い髪が、風になびいてキラキラと輝く。
さて、何処に行こうか。2人なら、何処でも天国だ。
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