三章


夕飯の買い出しを命じられた私は、町へ赴いた。朔に、何か精のつくものを食べさせてやりたい。そうは思っても、籠に入れるのは野菜や魚といった食材ばかりである。元来、私は農家の出なので、飯と言えばこういったものしか思い付かないのである。

「正一が僕に食べさせたいものを買ってこい。」

などと言われ金を渡されたが、結局の所、私は朔の好物など知らないのである。

人を食べるのだから、やはり肉であろうか、とも思ったが、私は肉に対しては疎い。そもそも、食べた事が無い。どんな肉が美味いのか、どんな味なのか、皆目見当も付かないのであった。

ふと、横切った店から何とも良い香りがして、振り返ると其処は牛屋であった。

牛鍋。私には縁遠いものである。私にとって、牛と言うものは益獣であり、食べる対象になった事は無い。農家の出なのだから仕方ない。しかし、最近ではこういった店も流行っている様だし、肉屋にも牛肉が置かれる様になった。

一体どの様な味なのだろう。香りから察するに、味噌だろうか。しかし私は、はたと思い出し頭を振った。牛肉が手に入っても、作り方を知らなければ意味が無い。諦めて、屋敷に戻る事にした。

 

「何だ此れは。」

夕食に出した膳には、魚を味噌で煮込んだ鍋が置かれていた。私が作ったものだ。せめて気分だけでも、と思い女中に聞いては味を足し出来上がった其れは、とても牛鍋に近いとは言い難かった。

「牛鍋を、」

料理下手なのが恥ずかしくなり、私は俯いて小さな声で言い訳をした。

「牛屋を見かけたのです。しかし、作り方が分からず。」

「牛鍋とは、牛の肉では無いのか?此れでは只の魚の煮込みだろう。」

しかも随分塩辛いな、と朔は文句を言いながら其れを口に運ぶ。

「肉の調理法が、分からないのです。」

其の言葉に、彼は笑い出した。

「肉を食ったことがないのか?田舎者だな。」

耳まで赤くなりながら、私は下を向いたまま黙っていた。馬鹿にされて当然だろう。華族にとっては、私の様な庶民の食べてきた物など残飯に過ぎないのだ。

黙ったままの私に、朔は先程とは打って変わった優しい声で言った。

「食べてみたいか?牛鍋。」

「それは、勿論。しかし、私の手の届く代物ではありません故。」

「僕と食べに行けば良いじゃあないか。僕とお前、二人で。」

耳を疑った。その時の私は、さぞ間抜けな顔をしていたであろう。

 

番頭と話を付けた朔は、翌日の昼、私と共に牛屋へ向かった。番頭や奥女中は、私が彼の貞操を狙っていると考えていたので快く思わなかったが、彼はそんな二人にぴしゃりと言って跳ね除けた。

「こいつは真面目にやってくれている。此れは僕からの褒美だ。それに、正一はお前らと違って僕に媚を売ったりしないしな。」

彼は少々言葉をはっきりと言い過ぎではないだろうか、とも思ったが、それを聞いた私は大層愉快であった。それに、彼が私をそんなに良い風に捉えてくれていると言う事実を知り得て、喜ばしかった。

牛屋では、麻生家の人間という事もあってか、個室へ案内された。私の部屋よりも随分と広く畳も真新しい其処は、私には落ち着かない程煌びやかな場所であった。

そわそわと体を揺らし続ける私に、朔はくすりと笑っていたが、莫迦にする様な事は何も言わず、お前の口にも合うといいなあ、等と優しい言葉を掛けてくれた。

味噌の香りが廊下から漂ってくる。今か今かと待つ私は、さぞ滑稽であったであろう。向かいに座っていた朔は、身を乗り出して私の頭を撫でた。

「もう少しだ。辛抱しろ。」

犬にでも言い聞かせている様だ。しかしそんな事は気にならない程、今の私は牛鍋を早く食したくて仕方なかった。

頭にあった朔の手は、だんだんと額、頬、首筋へと落ちていき、私の洋シャツの隙間から鎖骨を撫ぜた。流石に驚いて、彼の手を取ると、口角を上げて私を見詰めていた。

「まだ、大丈夫だろう。」

そう言って、着物を引っ張り引き寄せ、口付けをした。突然の事に抵抗出来ずにいると、これ幸いと彼は私の口腔内に舌を捻じ込ませ、嬲る。唾液がぐちゃりと音を立て、部屋が卑猥な空気に包まれる。

「お止め下さい、」

「止めろと言ったって、手持ち無沙汰だろう。此処の店は時間が掛かるんだ。安心しろ、呼ばねば誰も来ない。」

机の上に乗って、私の身体を弄る朔は、歳の割に色情狂の様だ。着物を脱がせはしなかったが、上から濫りがましく触れられると、意思とは関係無く反応してしまう。

「純潔ぶったって、お前もなかなか乗り気じゃないか。」

上気する頬を舐められると、蕩けてしまいそうな気分になる。着物を開けて、陰茎を取り出すと、彼は普段より少し低い声で私に命じた。

「咥えろ。」

言われるが儘、私は彼の陰茎に顔を近付け、それを口に含んだ。汗と、先走りの水の味が口の中に広がる。しかし、不思議と厭では無かった。必死で舐め掬っていると、彼は私の髪を掴み、口付け、顔を離し一言。

「下手くそ。」

頭に血が昇るのを感じた。下手で何が悪いというのか。第一、男のものなど咥えたのはこれが初めてなのである。行為自体、朔が初めてだと言うのに、それを「下手くそ」等と罵られては良い気はしない。

彼の胸を押し、机に押さえ付けた。そのまま首筋を這う様に舐めると、彼は小さく喘ぎながら、私の肩に噛み付いた。肉を食われようが知ったことか。彼の菊座を解す事無く、そのまま自身の昂りを挿入すると、唸り声と共に私の肉を噛み千切った。

流れる汗がぽたりと朔の頬に落ちる。それに気付いた彼は、自分の袖口で私の額を拭った。それだけ私は、必死であった。嬌声を上げながら彼が果てると、それに伴い菊座がきゅうと私を締め付け、呆気なく吐精してしまった。

引き抜くと、こぽりと朔の其処から私の精が溢れ出る。其れを掬って一口舐めると、苦いな、と零す彼は、着物を直し何事もなかったかの様に澄ました顔で私の隣に座った。私も慌てて袴を穿き、大人しく牛鍋を待つ。彼は私の肩に頭を乗せ、私に身を預けた。髪を撫でてやると、静かに目を瞑り、擦り寄ってきた。しかし、もう一度する程私も野暮では無い。その代わりに口付けを交わすと、襖の向こうから女の声が聞こえ、二つの鍋を持って入ってきた。

味噌で煮込まれた牛鍋は、大層美味かったが、私の頭は朔のあの淫靡な姿で一杯であった。

帰り道、朔に牛鍋の味の感想を尋ねられたが、初めての味であったと言う平凡な答えしか出て来なかった。

 

「つまらなかったか?」

屋敷に戻った朔にそう言われ、頭を振った。楽しかったですよ、牛鍋も大層美味かったですと伝えたが、彼は不服そうな顔をしていた。

「僕のせいか?」

何の事かと問えば、牛屋で情事に耽った事を気にしている様だった。確かに誘ったのは彼の方であるが、それに乗ってしまった私も悪いのであるから、彼ばかりを責めたって仕方無い。大丈夫ですよ、と応えれば、しかしお前は嫌がっていただろう、と返された。

「そう言う処が、僕は駄目なんだ。我慢と言うものが、出来ない性分でな。」

深くため息を吐く彼の背中を摩ってやれば、首筋に吸い付かれた。

「特にお前は、正一とは、僕はもっと色々な事がしたいんだ。」

耳朶に歯を立て、ぶちぶちと噛み千切られる。滴る血を舐め回しながら、彼は続けた。

「お前に、嫌われたくない。」

「嫌う筈がありません。」

こんなに愛おしく想って居る相手を嫌いになどなる筈も無い。それでも朔は不安な様で、私の目をじっと見詰めた後、膝立ちになり頬をその白く小さな手で包み込み、優しく眼球を舐めた。

「僕が死ぬ迄、お前は側に居てくれるか。」

こくりと頷くと、安心した様子で私を抱き締め、口付けた。