留学生たちと大学生たち 短編7
バイト中、品出しをしていたカリームに聞かれた。
「サクラさん、ギョウコウ、って何ですか?」
「…お尻の虫?」
「それは、ぎょう虫。」
ヘルプで一緒にレジに入っていた湯上にツッコまれる。
「サクラは馬鹿だなあ!超幸せって意味だよ!」
ふふんと得意げに言うアランに、それも違うとツッコむ湯上は、はあとため息を吐いた。
「偶然に起こった幸せ、とかそんな意味だよ。」
湯上、理系なのによく知ってるな。感心してしまう。同じ大学だけど、本当は湯上の方が頭がいい。学費の面で今の大学を選んだ、と言っていたから、本来ならもっと上を目指せたんだろう。うちの大学は結構下のランクだから。
「ユガミさんは、物知りですね。」
廃棄の弁当を片付けるカリームに素直に褒められて、常識だろ、と言う湯上の顔は少し赤く見えた。カリームの正直な言葉に照れる気持ち、よく分かる、と俺は一人首を縦に振った。
「ねえ、まだ終わらないの?」
アランはここで働いていないので、ただの客だ。湯上の帰りを待てなくて、迎えにきたんだろう。アイスのショーケースをパカパカ開けて、湯上に我儘を言う。
「二十三時までって言っただろ。」
今はまだ二十二時。あと一時間もある。
「先に帰ってろよ。」
面倒臭そうに言う湯上に、だって寂しいんだもんと頬を膨らますアラン。なんやかんや仲良いよな。
「客なんて、いないじゃん。サクラもカリームもいるんだから、コウイチが帰ったって問題ないよ。」
今日は店長が深夜勤務でまだ来ていない。その為湯上が入ってくれたのだ。確かに客はいないけれど、一応雇われているんだから勝手に帰るわけにはいかない。アランはお金持ちだから、アルバイトすると言う責任が分からないのかな。
湯上がアランを叱ろうとすると、それより早くカリームがアランに近寄り、ウルドゥー語で強く何か言い聞かせた。それを聞いたアランは少し俯いて、ごめん、と小さく呟いた。
「働く、はそう言う事です。アランは知りません。もっと知るべきです。」
「シャフールの言う通りだ。お前は自分勝手すぎる。」
湯上にまでもぴしゃりと言われてしまったアランは、再びごめんと頭を下げて、サクラも、と俺にも謝った。
「そ、んな、大丈夫だよ!アランは知らなかっただけなんだから!ね?」
手を振って、俺は慌ててアランをフォローする。
「桜は優しすぎるんだよ。」
こいつははっきり言わなきゃ分からないんだから、と湯上はアランをそんな風に言うけれど、時々一緒にお茶をしたり、買い物したりする様になって気付いた。アランは知らないだけで、教えてやれば分かってくれるし、なによりアラン自身がもっと知りたいと思っている。それをプライドが邪魔をして、上手く言えないだけなんだ。勉強が出来るのだって、今迄努力してきた証拠だと思う。
「ねえ、アラン。」
項垂れるアランに、声を掛ける。
「アランも、バイトしてみれば?」
驚いたのはアラン、ではなくカリームと湯上。アランは嬉しそうにそれは良いね!と手を叩くが、カリームは頭を抱えているし、湯上は俺の肩を掴んで正気か?なんて言う。
「社会勉強にもなるし、良いと思う、けど…。」
「サクラさん。」
レジに入ったカリームは、小さくため息を吐いて、横目でアランを見た。
「アランは、パキスタンにいた頃、一度だけ二週間アルバイトしました。その時に割ったお皿の枚数を知っていますか?」
「でも、コンビニだし、割れるものなんて酒くらいだし、」
「三十六枚です。」
「は、」
「お皿だけで、三十六枚割りました。グラスは、五十個割りました。」
「アランが入ったら、うちのコンビニの酒は全滅するな。」
にやりと笑う湯上は、言い出した俺の後悔を悟ったのか口に手を当てて肩を震わせている。
「サクラが良いって言ったら、良いんだよ!」
もう既にやる気満々のアランに、声が出ない俺。まずい事を言ってしまった。
「まあ、決めるのは店長だから。」
笑いながら湯上が俺にそう言うが、俺は不安で仕方なかった。
翌日、ピンクの履歴書を持ってきたアランに店長は面白い子だねえと採用してくれたけれど、アランは湯上と一緒じゃなきゃ嫌だと言い、週に二日程の勤務になった。
勿論、アルコールコーナーは立ち入り禁止だ。
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