9.バレンタイン
駅ビルの地下の高級な菓子のショーケースを眺めながら、俺は1人で唸っていた。色とりどり、可愛い形の沢山のチョコレート。バレンタインの特設コーナー。
そう、バレンタイン。
周りはキャピキャピした女子ばかりだが、ちらほらと男の客も目立つ。大丈夫。浮いてはいない。
やっぱりハートか。いや、こっちの薔薇の形のやつも綺麗かも。コーヒーヌガーの入ったやつも捨て難い。
そう言えば、カリームはチョコ、好きだっけ。と肝心な事を思い出す。
俺の家に来た時は専らビールと飯ばかりだから、甘い物の好みは分からない。俺って意外とカリームの事、全然分かっていないな、と少し落ち込む。
ふと、向こうの方で人集りがあるのに気付いた。お菓子屋の女性店員が集まって、背の高い外国人に我先にと試食を勧めている。
短い髪に、黒い肌の吊り目。見覚えがあった。顔を背けてその場を後にしようとすると、声を掛けられた。
「サクラ!」
呼ばれたからには仕方無く振り向く。笑顔のアランが近付いて来た。相変わらず格好良い。て言うか、いつの間に呼び捨てになったんだ。馴れ馴れしい。
ため息を吐いて、見上げた。
「アランも買い物?」
「そうなんだ。日本のバレンタインは、チョコレートを贈ると聞いてね。」
カリームと比べて、とても流暢な日本語。
「たくさん食べてみたけど、コウイチにはどれが良いか分からなくて。サクラは知ってる?」
湯上の好みなんて、知る訳ない。首を振る。サクラは役に立たないなあ、なんて言われたが、知った事か。こっちは自分の方で手一杯だ。
暫く悩んだアランは、ぱっと顔を上げて俺の肩を掴んだ。
「そうだ!俺がカリームの好みを教えるよ!だからサクラは、コウイチの好きそうなのを一緒に選んでくれ!」
「は、」
俺の意見なんて聞かずに、そのまま引き摺られて連れ回された。
一通り回った後、疲れ切ってお茶にする為、カフェに入った。アランは、何処にでも何にでも突進していっては、試食を繰り返して、結局8個ほどのチョコレートを買った。一応、湯上が甘い物食べている所はあまり見ない、と意見は言ったが、そんな事お構いなしだった。
俺はと言うと、アラン曰く、カリームは少々変わったものが好き、と言う意見を取り入れて、カエルとおたまじゃくしの形のチョコレートにした。カリームはカエルが好きだから、とアランに言うと、笑われた。パキスタンではカエルは神聖な生き物だと説明され、俺が勘違いしていた事に気付いて恥ずかしくなったが、もう買ってしまったので仕方ない。
「ていうかさ、」
沢山のチョコレートの袋を横目で見ながら、アランに言った。
「もう、自分がプレゼント、って言ってリボンでも付ければいいんじゃない?」
「それは、クリスマスにやった。」
やったのか。冗談のつもりだったので、珈琲を吹きそうになった。
「でも、コウイチはあまり乗り気になってくれなかったんだ。折角セクシーな下着まで着たのに。」
湯上は少々冷めている所がある。そんなものに乗っかるタイプではないだろう。
「サクラは、クリスマス何したんだ?」
「えっと、カリームが欲しがってた本をあげた。太宰治の。」
つまらん、と一言で一蹴。確かにそっちに比べたらつまらないけど、欲しがっていたものをあげたんだ。それが1番良いに決まっている。
「カリームからは?」
「か、関係無いだろ。」
左手に嵌めた指輪を隠すように、言った。そう。クリスマスにカリームからは、指輪を貰った。しかも、プラチナの。高級過ぎて引いてしまったが、その為にバイトを増やした、付けるまで帰らない、と言って受け取るまで微動だにしなかった。
アランはニヤニヤしながら俺の手元を見た。
「そんなに良いもの貰ったんなら、サクラこそ、自分をプレゼントしたらいいじゃないか。」
それから、自分の鞄を何やらゴソゴソして、ピンクの袋を取り出した。
「本当はコウイチにあげようかと思ったけど、多分嫌がるだろうから、サクラにあげる。」
何かと思い、中を確認する。
ピンク色の、レース?覗いただけじゃあ分からず、外に出して、顔が赤くなった。
「は、なん、」
「ベビードールとTバック。安心しろ。男性用だ。」
いや、男物とか、そんなの関係無い。慌てて袋に戻し、アランに押し付ける。
「着る訳ないだろ!馬鹿にすんな!」
「馬鹿になんて、してないよ。」
何故怒るのか、と言う顔。
「俺は黒い紐のやつ、着たぜ。」
「お前と一緒にするなよ!こんなの着て、カリームの前に出れるか!引かれるに決まってる!」
そうかなあ、と袋を押し戻す。
「カリーム、アレでなかなか変態な所あるから、喜ぶと思うぞ。」
その上を行く変態に、言われたくないだろ、と思った。
結局、その袋は無理矢理俺の鞄に捻じ込まれて、持って帰る羽目になった。
今日は厄日だ。
「薔薇の花束、14日にご予約ですね?」
花屋の店員に聞かれ、頷いた。当日買っても良かったが、予約しておいた方が安心だと思ったのだ。薔薇は直ぐに売り切れそうだったから。
予約表を受け取って、店を出ようとすると、店員に詰め寄る外国人がいた。ふわふわの髪の毛。黒い肌の垂れ目。
「ですから、桜の花は時季ではなくて、取り扱いが無いんです。」
「どうしても、駄目ですか?」
シャフールだ。桜に拘る理由は、分かっている。近寄って、声を掛けた。
「シャフール、無理言うな。」
振り返って、悲しげな顔をした。
「ユガミさん。」
「他の花じゃ、駄目なのか?」
首を振る。
「初めてのバレンタインです。サクラさんに、どうしてもあげたかったです。」
俺は少し考えて、提案する。
「此処から少し歩くけど、心当たりあるから、一緒に行くか?」
シャフールの顔がぱっと明るくなった。
「ユガミさん、桜、ある所分かりますか?」
「桜って言うか、花束ではないけど。」
充分です、と嬉しそうに言った。
連れてきたのは、盆栽園。ここなら、恐らくある筈だ。シャフールは、初めてみる盆栽に、目を輝かせている。
「小さな木が、たくさんありますね。」
「盆栽って言うんだよ。」
奥のコーナーに行くと、お目当てがあった。
「これ、春の桜ではないけど。」
指差したのは、寒桜。冬に咲く桜の、盆栽だ。
「冬のチェリーブロッサムですか?」
「そう。寒桜って言うんだ。これなら、どう?」
盆栽は重いので、1番小さい、けれど蕾がついているのを勧めた。
「これくらいなら、アパートでも世話できるだろうし、桜にも合ってると思う。」
「パーフェクトです!ユガミさん!」
嬉しそうに、いそいそとそれを持って会計に向かった。良い事をした気になって、気分が良い。
「ユガミさん。助かりました。有難うございます。」
盆栽片手に丁寧に礼を言われた。バレンタインに盆栽って、なかなか渋くて、逆に洒落てる気がする。俺もそっちにすれば良かったかな、なんて思ったが、アランに世話ができるとは思えなかったので、花束で正解だろう。
ふふふ、と嬉しそうに笑うシャフール。花束も無事に予約出来たし、今日は良い日だ。
今年の2月14日は金曜日。バイトがあったので、終わってから俺の家に行く。体が冷え切っていたので、先に風呂に入った。カリームが夜食を作ってくれていた。ローストビーフと、カナッペ。お洒落だ。バイト先で店長に、ワインを貰った。飲みやすいから試してみて、と綺麗なピンクのロゼワイン。ワイングラスなんて無いので、普通のグラスに入れて飲んだ。
「あ、美味しい。」
「飲みやすいですね。すっきりしています。」
何だか、少し、バレンタインって感じ。嬉しくなって、酒が進む。
「サクラさん、飲み過ぎ、危ないです。」
「大丈夫、カリームがいるからぁ!」
ワインはビールよりアルコールが強い。すっかり酔っ払ってしまったが、忘れては困る、と思い出して、カリームにチョコレートを渡す。中を見て、嬉しそうに一粒食べた。美味しいです、と言うカリームにキスをすると、チョコレートの味がした。楽しくて笑いが止まらない。
カリームからは、何と盆栽。驚いたが、桜の盆栽だと聞いて、嬉しくなった。
「こんな時季に、探すの大変だったろ。」
「ユガミさんが、教えてくれました。」
湯上の名前が出て、ドキッとする。よれた服を直しながら、恥ずかしくなってきた。酔いが覚めてくる。
「お、俺、風呂入ってくる。」
「お風呂、さっき入りました。」
「違、えっと、また冷えたから、」
「でも、サクラさん、」
立ち上がった俺の服を掴んで、カリームが止めた。
「もう少し、お酒が引いてからの方が、」
言いかけて、掴んでいる服からはみ出ているものに気付いた。ピンクのレース。
「...何、着てますか?」
「え、と、あの、これは、」
勢いよく服を捲った。下に着ていたのは、アランから貰ったベビードール。もし、また俺のプレゼントよりも凄いものを貰ってしまったら、申し訳が立たない、と思って、保険で着ておいたのだ。しかし、冷静に考えると物凄く恥ずかしい。着るんじゃなかった、と後悔した。
「...下は、」
脱がせようとしたズボンを慌てて押さえる。
「だ、駄目!」
無理矢理ずらされて、露わになる下半身。ピンクのレースのTバック。顔が上げられない。耳まで赤くなっているのが、分かる。
「サクラさん。」
座っていたカリームが、立ち上がって、布が無い尻にそっと触れた。レースを優しく撫でながら、はあ、と耳元で息を吐く。カリームの下半身を腹に押し付けられて、勃っている事に気付く。
「どうしてこんなに、セクシーですか。」
「あ、の、アランに、渡されて、」
震える声で、説明する。
「これ、着たら、カリームが喜ぶかも、ってぇっ、」
説明も途中で耳を舐められた。身体が仰反る。そのまま片手で胸の突起を摘まれる。
「ひ、あ、」
下半身が反応して、下着の小さな布を押し上げる。その部分だけ濡れて、薄いピンク色が濃くなる。
薄い布越しに胸を揉まれて、捏ねられて、引っ掻かれる。気持ち良いの半分、恥ずかしいの半分で、息が出来ないくらいに苦しくなる。
「可愛いです。ハルトさん。」
「かわっ、いくないっ、」
「チェリーブロッサムみたいな下着ですね。」
「う、嬉しくないっ、」
否定に反して下半身は正直だ。優しく触れられ、可愛い、と言われるたびに我慢汁が溢れる。
胸を触る手とは反対の手を後ろの穴に入れ始め、ずぷずぷと出し入れする。
「着たまま、出来ますね。」
寧ろ破り捨てて欲しかったが、カリームはこの衣装に興奮しているようで、脱がす気はないらしい。
ひょいっと抱き上げられ、ベッドにうつ伏せに押し倒される。下半身は、後ろの方が布が少ない。この体勢は、恥ずかしい。
「カリーム、せめて、前向いてっ、」
そんな言葉は届いておらず、指を増やしていく。
「や、だ、っ、」
真っ赤な顔を隠すように、枕に顔を埋める。カリームは、我を忘れたかのように、ウルドゥー語でぶつぶつ言いながら後ろを弄る。
カチャカチャと、ベルトを外す音。次いで、ずっ、と穴が広がる感覚。奥まで突かれた、圧迫感。
「無理っ、ん、あっ、」
いつもより、激しく動くカリームの腰。圧迫感で涙が、気持ち良さで涎が止まらない。
「無理じゃないです。」
カリームは、やっと日本語を話した。
「奥まで、ちゃんと入ってます。」
動きは速くなる一方。止まらない。緩める事もない。少しずつ息を吐かないと、窒息してしまいそうだ。
「もっ、駄目っ、」
「駄目は、」
「イく、イっちゃうからっ、」
そのまま、白濁の液体を吐き出した。それに釣られて後ろの穴も締まると、カリームは中に吐き出した。
しかし、一度で終わる程、カリームの性欲は甘くはない。抜かずとも、中で大きいままなのが分かる。そのまま何度も、繰り返した。
結果、下着は涙と涎と精液塗れ。ぐちゃぐちゃのドロドロ。
「また、着てくれますか?」
カリームは清々しい笑顔で聞いてきたが、俺は下着を脱ぎながら、それを丸めてゴミ箱に放った。
それを見ると、落ち込むカリーム。
「こんなの、洗濯したって干すの恥ずかしいよ。大体もう、こんな汚れちゃ落ちないだろうし。」
全裸で胡座をかく俺の脚に触りながら、カリームが覗き込む。
「買ってきたら、着てくれますか?」
枕を顔に押し付けてやった。それを退けながら、カリームが小さな声で言う。
「サクラさん、可愛かったです。僕、興奮してしまいました。反省です。」
「まあ、あの、」
もごもごと口籠もりながら、答える。
「ピンクじゃなければ、まあ、良い、かな。」
「それは駄目です!」
カリームが大きな声を出す。
「サクラさんには、ピンクが1番似合います!」
再び、枕を押し付ける。
アランが言っていた言葉を思い出す。アレで、なかなか変態。
しょんぼりするカリームを見て、思わず吹き出した。背中を叩いて、大笑いする。
「分かりやすいなあ!」
カリームは、何の事か分かっていないようだったが、俺が笑っているのを見て、へへ、と照れた。
「カリーム。」
名前を呼ぶ。俺の顔を見たカリームに、キスをする。腕を回して、舌を絡める。は、と息継ぎに口を離して、一言。
「次は、カリームも着てくれるならいいよ。」
そう言うと、カリームはにっこり笑って、はい!と元気良く返事をした。
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