8.恋敵

 

 

冬休みになった。今日はバイトも無いので、俺の家でカリームと鍋を食べる予定。買い出しを終えて、アパートに着くと、部屋の前に背の高い、子どもを連れた女がいた。

まずい、と後退りをする。後ろにいたカリームが、俺の反応に驚いて声を掛けた。

「サクラさん?」

その声で、女は振り返って、俺に近付いてきた。

「久しぶり。何で逃げるのよ。」

「いや、あの、」

俺よりも背の高い女は、見下ろしてため息を吐いた。

「相変わらずなんだから。姉を怖がるんじゃないわよ。」

「な、んの用、果穂姉さん。」

傍にいる子どもを見れば、察しは付くが、分からない振りをした。

「お姉さん、ですか?」

カリームが言った。

「初めまして。」

姉は、俺の後ろの大きな外国人に目を丸くしたが、手を出して挨拶をする。

「お友達?晴人がお世話になってます。姉の果穂です。こっちは息子の真央。」

「宜しくです。カホさん。」

姉の名を呼んで、握手をする。それから真央に目線を移す。

「マオくん。」

真央は、姉の脚にしがみ付いて、カリームを見上げた。怖がっているように見える。

「ほら、真央も寒いだろうし、早く帰りなよ!俺達これから飯だし!」

すると姉は手を叩いて喜んだ。

「なんだ!丁度良かった!真央にもご飯、よろしくね!」

予感が当たってしまった。

「また、仕事?」

「そう。今回は旦那のブランドだから、一緒に行くから、あんたしか頼めないのよ。」

姉は、その身長と、俺とは違う綺麗な顔を活かして、モデルをしている。モデルと言っても、雑誌に載ってる笑顔を振りまくやつではなく、高いブランドの服を着て、無表情でランウェイを歩く、プロのモデルだ。その為、海外に赴く事も多い。旦那はブランドの創始者で、よく一緒に仕事をしている。

「実家に頼めよ。」

「お父さんとお母さん、インフルエンザでダウンしてるよ。知らなかった?」

聞いてない。そう言えば、先日電話した時は、咳が止まらないから翌日病院に行く、とか言っていたな。

「どれくらい。」

1週間。」

「そんなに?!」

参った。こっちはバイトだってある。真央の事を付きっきりで見るのは無理な話だ。幼稚園も、冬休みだろう。

「俺だって、バイトもあるし、無理だよ。」

すると姉は、俺の鞄を弄り出して、携帯を取り出した。流石にロックが掛かっているし、大丈夫だろう、とこの姉に対して油断したのが間違いだった。

「開いた。」

「何で?!」

「あんた、ずっと高校の時の受験番号なんだもん。」

ふふん、と鼻で笑う姉。そのまま、バイト先に電話を掛けた。

「あ、すいません。桜晴人の姉です。お世話になってます。」

他所行きの声で一通り話すと、そのまま切った。

1週間、休んで良いって。」

店長、お人好しなのか阿保なのか。多分後者だ。

「ついでに、後ろの子がシャフール君?」

指を差されたカリームが頷く。

「その子も、休んで良いって。」

やっぱり店長は阿保だ。確信した。

「真央の意見も、」

僅かな希望を持って、問いただすが、無駄に終わる。

「真央が嫌がる訳、ないじゃん。」

そう言って、封筒を手渡してきた。

「これで足りる?」

中には、一万円札がびっしり詰まっていた。流石に生唾を飲む。

それに放心している俺に、じゃあ宜しくね、と姉は立ち去った。

残された真央は、不安そうに俺に近寄り、脚にくっつく。

「真央、久しぶり。覚えてる?晴人だよ。」

「晴人兄ちゃん。」

ジーパンを強く握って、俺を見上げた。その後ろから、カリームが顔を出す。

「マオくん。こんにちは。」

優しい笑顔で挨拶をするが、真央は顔を背けた。俺は慌てて弁解する。

「ごめん、カリーム。ただの人見知りだから。気にしないで。」

「大丈夫です。僕、サクラさん、手伝います。」

「取り敢えず、中に入ろうか。」

部屋に入り、暖房を付けた。真央はきょろきょろして、部屋の空気を吸い込んだ。

「晴人兄ちゃん、前とお部屋、変わった?」

「ずっとこの部屋だよ。」

「でも、違う匂いがする。」

気付いた真央は、カリームを睨み付ける。

「こいつだ。」

何の事か分からないカリームは、おどおどしている。1週間、カリームと2人で真央を見るなんて、絶対無理に決まっている。

真央は、小さい頃から俺の事が大好きで、5歳になった今でも、俺と結婚する、と言って聞かない。叔父として、嬉しい事だが、カリームを目の敵にされるのは、困る。

「真央。」

俺はしゃがみ込んで、真央に言い聞かせる。

「此処で暫く暮らすなら、カリームと喧嘩しないって、約束出来る?」

「やだ。」

即答の否定に、困り果てる。

「晴人兄ちゃん、俺のお嫁さんなのに、何でこいつが一緒なの。」

その言葉に、カリームが反応した。

「サクラさん、マオくんのお嫁さん、違います。僕のサクラさんです。」

ね、と同意を求めるカリーム。敵意剥き出しの真央。カリーム、頼むから、今はその独占欲、子ども相手に出さないでくれ。間に挟まれ悶々と考える。どうしたものか。

「晴人兄ちゃん、こいつと住んでるの?」

「いや、住んではいないけど、」

「じゃあ、夜は2人きりになれるね。」

ふふふ、と口を隠して笑いながら、カリームを見る真央。その言葉に、あの温厚なカリームが、少し苛ついているのか分かる。

「僕、帰りません。泊まります。1週間。寮に電話します。」

「え、カリーム、そこまでしなくても、」

「大丈夫です。」

大丈夫、って顔じゃない。真央はベッドに腰掛けた。

「俺、晴人兄ちゃんとくっついてないと、寝れない。」

「僕は、サクラさんを抱き締めないと、寝れません。」

マウント合戦はやめろ。思わず大きなため息を吐いた。

 

夕食を終え、真央を風呂に入れた。一応一緒に入ったが、あの姉の息子だ。一通りの事は、自分で出来るので、手伝う事は無かった。カリームも一緒に入りたがったが、狭い風呂に3人は流石に無理があるので、断った。

湯船に浸かりながら、真央にはちゃんと言わなきゃな、と考える。

すると、真央の方から尋ねてきた。

「晴人兄ちゃん。」

「うん?」

「あいつ、晴人兄ちゃんの、何なの。」

「え、と、」

思いの外直接的に聞かれて、言い淀む。

「ちゅーするの?あいつと。」

「あー、うん...

小さな声で返事をした。真央は不満そうに湯船でぶくぶく泡を立てる。

「晴人兄ちゃんは、俺のなのに。」

「その、さ、人を物みたいに、言うなよ。真央が真央のもののように、俺は俺のものだし、カリームも俺のものではないよ。」

「そんなんじゃ、ないよ。」

真央は頭が良い。姉の育て方のせいなのか、小さい頃から仕事場に付いて行っていたせいなのか、大人の言葉の大半は理解出来る。ませている、とも言えるが。それでも普段2人きりなら、素直で良い子だ。

「カリームがいても、真央はいつも通りで良いよ。」

「じゃあ、一緒に寝ても良い?」

「うん。」

頭をぽんぽんと撫でてやると、嬉しそうに笑った。

風呂から上がると、カリームが食器を片付けて洗ってくれていた。そっと近付いて、拭くのを手伝う。

「何か、ごめん。有難う。」

カリームは、にっこり笑って俺を見る。

「サクラさん、謝る事、ありません。僕は大丈夫です。」

「でも、色々迷惑かけちゃってるし、」

洗い物をしながら、そっと首筋にキスをされた。思わずびくりと反応する。声が出ないように、口を押さえた。

「迷惑、違います。サクラさん大変です。僕は、お手伝い出来て、嬉しいです。」

それから今度は唇にキスをする。冷蔵庫の陰になっているから、真央には見えない、筈だ。

「ずるい。」

耳まで赤くなりながら、俺が呟くと、ニヤリと笑う。そう言う優しい事を言われると、頼りたくなってしまう。

「サクラさん。」

「うん。」

「僕はサクラさんの為に、たくさん我慢出来ます。心配しなくて、大丈夫です。」

「うん。」

「その代わり、終わったらたくさん良い事、しましょう。ハルトさん。」

余計に赤くなった俺に、再びキスをする。今度は少し、舌を絡めて。いつもだったら、このままそんな流れになるのに、それが出来ないのがもどかしい。

「あ、ずるい!」

突然真央が声を上げる。走ってきて、カリームの脚を蹴る。

「真央!」

興奮する真央を抱き上げて、カリームから引き剥がす。

「何やって、」

「こいつ、ちゅーしてた!晴人兄ちゃんと!ずるい!」

それから俺の顔を両手で挟んで、キスをした。いや、正確には、口に吸い付いた、と言う感覚。

口を離すと、抱き付いてきた。

「晴人兄ちゃん、俺と寝るって言ったじゃん。それなのに、こいつとちゅーするの、ずるい。」

「いや、それとこれとは、」

困り果てていると、カリームが真央の顔を覗き込んだ。

「マオくん。」

低い声で名前を呼ばれて、少し震える真央。

「サクラさん、困らせてはいけません。好きな人、困っていたら、助けます。それが一番格好良いです。マオくんは、サクラさんに格好良いと、思われたいですか?」

黙って頷いた。

「それなら、お手伝いします。テーブル、拭いてください。」

そう言って、布巾を渡した。真央は渋々それを持って、テーブルを拭きに行った。

「真央、有難う。お手伝い出来る真央、格好良いぞ。」

カリームの方に向き直り、小声で言った。

「カリームも、有難う。助かった。」

カリームは笑顔で、真央が見ていない事を確認すると、軽くキスをした。

 

俺にべったりの真央と一緒に、ベッドに入った。床に布団を敷いて、カリームにはそこで寝てもらった。やはり緊張していたのか、真央はすぐに寝息を立てた。

ベッドから降りて、水を飲みに行こうとすると、床で寝ていたカリームに腕を掴まれた。

「起きてたの。」

「サクラさん、無理してはいけません。休憩するのも、大切です。」

「無理してないよ。大丈夫。」

ぐい、と引っ張られて、布団に押し倒された。

「マオくん来てから、サクラさん、たくさん気にしています。色んな事、自分でやらなきゃって、なってます。」

服を捲って、胸を触り出す。

「ちょ、」

「力を抜くのも、大切です。」

気を抜く、かな。いや、そんな事を考えている場合では無い。

「カリーム、まずいって。真央がいる、から、」

胸の突起を舐めるカリームの頭を押さえて、喘がないように我慢する。手は後ろに回し、下半身の穴へとゆっくり挿入れる。

「ふ、」

「大丈夫です。性器は、挿入れません。」

「そ、ういう問題、じゃ、なくて、」

「サクラさん、キスをしてから、ずっとセックスしたい顔、していました。」

そんな顔していたなんて。恥ずかしくて、赤くなる。必死で口を押さえて、声が出ないように我慢する。バレたら終わり。それが更に興奮を煽る。卑猥な音が静かな部屋に響く。真央は起きない。子どもは、眠ると深いから。恐らく大丈夫だ。

「カリーム。」

震える声で名前を呼ぶと、俺を見て優しく笑う。

「多分、大丈夫。一回だけなら、挿入れても平気。」

カリームが、欲しくて堪らない。我慢していた。今日カリームが来るって分かっていたから、ずっとそのつもりでいた。それなのに、予定が狂って、悶々としていたのは、俺の方だ。抱かれたくて仕方ない。カリームのもので、突き上げて、いつもみたいに、してほしい。

暗くても、カリームの顔が雄の顔になっていっているのが分かった。カリームも、恐らく耐えていたんだろう。舌を絡めてキスをする。いつもより、気持ち良く感じる。キスだけでいってしまいそうになる。指を抜かれて、カリームのものを当てられ、ゆっくり奥に挿入れていく。はあ、と息を吐くと、根本まで入った。なるべく静かに動くが、その状況が余計に興奮して、気持ち良くて、声が出そうになる。

いつも以上にキスをしてくるカリーム。まるで、マーキングされているようだ。首に吸い付かれると、身体が仰け反って反応する。

「も、駄目っ、」

「気持ち良いですか。」

「んっ、」

俺はそのまま果ててしまったが、カリームはまだいっていない。動きが早くなる。

「カリーム、」

名前を呼ぶと、再び首に吸い付く。それと共に俺の穴が締まると、カリームは中に出した。

しかし、カリームのものはまだ勃ち上がっている。流石に真央の横でもう一回、って訳にはいかない。

「ごめん、カリーム。」

「サクラさん、謝る事、ありません。」

額にキスをされて、カリームはそのままトイレに入った。俺はシャワーを浴びに、風呂に行く。

折角やったのに、何だか余計に申し訳無い気分になった。いつもなら、一回じゃあ終わらないしな。

風呂から出ると、カリームは布団に戻っていた。後ろに回って、抱き付いて、そのまま寝てしまった。

 

「おーきーてー!」

真央の声で目が覚めた。俺の上に乗っかって、揺さぶっている。隣にいた筈のカリームは、台所に立っていた。

「一緒に寝るって約束したのに。」

「ご、ごめん。ベッドから落ちたみたいで。」

良い匂いがする。カリームが、トーストとオムレツを持ってきてくれた。カリームは、料理が上手い。布団を畳んで、テーブルを出した。

「有難う。ごめ」

その口を指で塞いだ。

「ごめん、無しです。」

そのまま黙って頷いた。

「俺、目玉焼きが良かった。」

真央が我が儘を言う。カリームは笑顔で、オムレツを割った。中からチーズが溢れ出た。それには真央も、わあ、と嬉しそうに驚く。

「凄いな、カリーム。」

俺が褒めると、へへ、と照れるカリーム。子犬みたいな顔。可愛い。真央はチーズオムレツに齧り付きながら、一言。

「まあ、それなりだね。」

カリームに対しては、素直じゃない。言葉に反してぱくぱく食べている。それを見て笑うと、真央はオムレツで汚れた口を拭く。

「マオくん。」

カリームが話し掛けた。

「マオくん、行きたい所、ありますか?」

真央は俺を見て、俺が頷いたのを確認すると、ぽつりと言った。

「遊園地。」

此処から30分程電車に乗った先に、古い小さな遊園地がある。俺の家に来ると、必ず連れていく場所だ。真央は、そこの子供向けのジェットコースターがお気に入り。

「行きましょう。」

「今?」

「お弁当、作ります。」

嬉しそうに、手をパタパタさせて、再び俺に確認する。

「いいよ。今日行こうか。」

皿を下げながら立ち上がったカリームに、真央はそっと近付いて、もじもじした。カリームは、真央の目線に屈む。

「何ですか?」

「えっと、あの、」

俺の方をチラチラ見る。言っても良いか、と言う顔だ。

「お弁当に、入れて欲しいものあるんだろ?」

「タコのウインナー、作ってほしい。」

小さな声で言った。カリームは、何の事か分からず、俺に目線を移す。携帯で、画像を検索して見せると、分かったようだ。

「出来る?無理しなくて良いけど。」

「大丈夫です。学校のお友達のお弁当に、入っていたのを見た事あります。」

カリームは、自分の携帯でも検索し始めた。子どもの心を掴むのは、やっぱり美味しくて可愛い食べ物だな、と少し距離の縮まった風に見える2人を見て思った。

 

歩いて駅に向かい、電車で30分。駅を降りて目の前に、遊園地がある。遊園地が見えると、真央は走りだした。

「転ぶなよ!」

案の定、転んだ。走って近寄ると、膝を擦りむいている。

「大丈夫!痛くないよ!」

すっと立ち上がり、泣きもせずに遊園地の門に向かう。相当楽しみだったらしい。

俺は、後ろで弁当を抱えたカリームを見た。

「重いだろ。持つよ。」

「大丈夫です。サクラさんは、マオくんを見てあげてください。」

「じゃあ、水筒だけでも。」

「でも、」

「作ってもらったんだから、これくらいさせてよ。」

そう言って、水筒を取る。カリームも嬉しそうだ。そう言えば、花火大会以来、いつも俺の家ばかりだ。デートらしいものって、あまりしていないな、と思い始めると、途端に恥ずかしくなってきた。

「やっぱり、重いですか?」

足を止めている俺を心配したカリームが、赤くなっている俺を覗き込む。

「サクラさん?」

「いや、あの、平気!行こう!」

顔を隠すように走って真央を追って、遊園地に向かった。

一通り乗り物に乗った後、空いているテーブルとベンチに座って、弁当を広げた。と言っても、俺の家には弁当箱なんて無いので、タッパーだが。

「こっちのおにぎりは、鮭と昆布です。卵焼きは、難しいですね。」

初めて作りました、と言う割には、綺麗な卵焼きだ。俺の家にある材料で、良くこれだけ作れたな、と感心する。

「ウインナーは?!」

真央が前のめりになって聞いた。カリームは、ふふふ、と笑って小さいタッパーを開けた。その中には、タコだけでなく、ライオンやウサギ、カニと言った色んな形のウインナー。真央は、目を輝かせている。カリーム、いつの間にそんな技を習得したんだ。

「凄い、動物いっぱい。」

カリームを見て、笑顔を向ける。

「カリーム、凄いよ!」

真央が初めてカリームの名前を呼んで、褒めた。カリームは嬉しそうだ。

「マオくん、どれが良いですか。」

「ライオン!」

「サクラさんは?」

「俺は」

「晴人兄ちゃんは、ウサギね!カリームはカニ!」

口に突っ込まれた。もごもごしながら、真央の頭を撫でる。やはり、弁当は効いたようだ。すっかりカリームに対して、警戒を解いている。安心した。

「晴人兄ちゃんは、俺のお嫁さんで、カリームは、俺のお婿さんね!」

カリームの口にもウインナーを突っ込みながら、真央は言った。

「何だよ真央、いつの間にそんなにカリームの事、好きになったんだよ。」

「こんなお弁当、作ってくれるなら好き!大好き!あ、でも、」

カリームを指差して、言った。

「晴人兄ちゃんと隠れてちゅーするのは、駄目だぞ。」

カリームは笑いながら、分かりました、気を付けますね、と答えた。

 

弁当を食べ終えて、園内を回った。植物園も併設されているので、其処に行く。温室なので、冬でも沢山の花が咲いている。南国の花が多い。

「これは?」

「フェイジョア、だって。」

「この綺麗なのは?」

「ヒスイカズラ、って真央、お前片仮名読めるだろ。」

「読みにくいんだもん。」

手を繋いで、花を見る。カリームは後ろを歩いている。

「あ、蝶々!」

蝶を追いかけて手を離した。ふと、カリームを見ると、何だか寂しそうな顔をしている。

真央は大丈夫だな、と確認して、カリームに近寄る。

「どうした?」

「サクラさんは、」

いつもより、少し落ち込んだような声。

「子どもと一緒が、似合いますね。」

「真央だけだよ。あんな懐いてるの。」

「僕よりも、女の人と結婚したり、それがサクラさんの幸せかもしれません。」

...何が言いたいの。」

「サクラさんは、女の人を好きになった方が、きっと良いです。僕じゃなくて。」

背伸びをして、カリームの頭を叩いた。

「何、柄でも無い事言ってんだよ。いつもは独占欲の塊の癖に。そう言う事、言うなよ。結婚とか、子どもとか、俺がそんなの気にしてると思う訳?今付き合ってるのは、カリームなんだよ。誰がなんと思おうが、関係ないじゃん。」

叩いた手で、そのまま撫でる。

「俺は、カリームが好きだよ。カリームは誰が好きなの。言ってみな。」

「サクラさんです。」

「それなら、今俺は幸せだよ。」

優しく笑い掛けると、カリームは俺の手を取って引き寄せ、キスをした。いつもは前向きで、独占欲が強くて、それなのに意外と気にしすぎて勝手に落ち込んだりして。そんなカリームが、可愛くて仕方ない。俺が元々ゲイじゃない事を結構気に病んだりしてるのかな、なんて思うと、可哀想だけど愛おしい。

「あ、ずるい!」

気付いた真央が、蝶から目を逸らし走ってきて、カリームの脚を蹴った。

「隠れてするなって、言ったじゃん!」

「ごめんなさい。」

カリームが笑いながら、俺の腰に手を回す。

「でも、やっぱりマオくんには、サクラさん、渡せません。サクラさんは、僕のお嫁さんです。」

真央は頬を膨らませて、カリームを叩いた。しかし、真央の力でカリームを倒せる筈もなく、片手で押さえられてしまう。それを見て、俺も声を出して笑ってしまった。

 

すっかり意気投合したカリームと真央。偶に俺を取り合って小さな喧嘩をしたが、平穏な1週間が過ぎた。

姉が迎えにきて、礼を言われた。

「本当、有難う。助かったわ。」

「良いけど、今度からは前もって連絡くれよな。」

「そうね、ごめん。」

俺の後ろのカリームに目をやって、耳元で囁いた。

「彼氏との時間、邪魔しちゃったもんね。」

「なんっ、」

真っ赤になって否定しようとしたが、姉は笑って言った。

「私がどれだけ外国行ってると思ってるのよ。同性のカップルだって、すぐに分かるわよ。」

分かっていながら真央を預けた姉が、今更ながら腹立たしく思えた。

「晴人兄ちゃん。」

真央が姉の脚の間から、声を掛けた。

「また、来ても良い?」

「うん。またおいで。」

「カリームも、いる?」

カリームは、にっこり笑って真央の頭を撫でた。

「サクラさんのいる所には、僕もいます。」

嬉しそうに笑った真央は、姉に手を引かれて帰っていった。姿が見えなくなるまで、手を振っていた。

扉を閉めた途端、カリームが俺の肩に顔を埋めた。

「ど、どうした?」

「ハルトさん。」

後ろに手を回して、そのままベッドまで抱き上げられた。

「なんっ、」

「子ども、作りましょう。」

「は、」

キスで口を塞がれ、服を脱がされる。

「子ども、出来るまでセックスします。」

「ちょ、落ち着け、って、」

カリームのものは限界まで勃ち上がっており、何を言っても聞かない。この間の落ち込みは何処へやら。

でも、こんな強引なカリームの方が、俺は好きだな、と思った。