6.ヤキモチ

 

 

「お友達の、アランです。」

バイト先に来てカリームに紹介されたのは、カリームより大きいパキスタン人。髪を短く刈り上げていて、男らしい人だった。

「宜しく。君がサクラさん?」

カリームとは違った流暢な日本語を話すアランと握手をしながら、はい、と答えた。

カリームの顔が子犬なら、この人は狼みたいだな、と思った。

「アランは、たくさん言葉、話せます。留学生になりました。」

どうやら、カリームがパキスタンに帰省した際に興味を持ち、カリームと同じ大学に通う事にしたと言う。

「カリームの友達なんですか?」

「そう、仲良くしてるよ。」

そう言いながら、カリームの腰を引き寄せる。その行為に、ああ、ただの友達じゃあないな、と嫌な事を考えてしまう。俺って、女々しい。

カリームがアランに、ウルドゥー語で何かを言って、その手を引き剥がす。アランは笑いながら、カリームに何か言っている。こんな時に言葉が分かれば、簡単なのに、と自分の知能の低さを恨む。

恨めしそうに見ていたのが、アランには分かったのだろう。俺と目が合うと、ニヤリと笑った。カリームには悪いけど、好きになれそうにない。

「こいつも、此処で働くの?」

アランから目を逸らして、カリームに聞いた。

「アランは、お金あります。アルバイト、しません。」

「働いて欲しかった?サクラさん。」

再びカリームに近付くアラン。

「別に。留学生は、きちんと働きながら勉強する真面目な人ばっかりだと思ってたから。」

棘のある言い方をしてしまった。カリームが困った顔で見ている。心の中で、謝る。

「サクラさんが、可愛い顔して、働いてください、って言ったら良いよ。」

俺の顎を持ち上げて、アランが言った。俺はその手を叩いて、顔を背ける。

「働かないなら、邪魔だから。早く帰れよ。俺とカリームは仕事あるんだから。」

ロッカールームからレジに向かう。後ろでカリームとアランがウルドゥー語で言い合っていたが、気にしない振りをして出て行った。

きっと、恐らく、ただの友達じゃない。元恋人か、もしかしたらまだ未練があったりするのかも。そう思うと、泣きそうになる。ぐっと堪えて、唇を噛んだ。

ヤキモチだ。そう、単なるヤキモチ。

俺の知らないカリームを知っているアランに、ヤキモチを妬いているんだ。やっぱり女々しい、と思う。

カリームがこのコンビニにバイトで入って、まだ半年程だ。その前はパキスタンにいた。パキスタンの友達の方が仲が良いのは決まっている。

カリームは、日本語がまだあまり上手くないから、昔の事を詳しくは話せない。

そう。今付き合っているのは俺なのに、俺はカリームの事を何も知らないんだ。それが、悔しい。

カリームが、俺の後を追ってレジに入ってきた。申し訳なさそうな、悲しい顔をしている。

「サクラさん。」

「あいつは?大丈夫なの。」

「帰る、言いました。サクラさん、」

ごめんなさい、と言うカリームの声は、入ってきた客の自動ドアの音で消えた。

 

バイトを終えて、制服から着替えていると、カリームが声を掛けてきた。

「サクラさん。怒ってますか。」

「怒ってないよ。」

カリームを見ずに答える。カリームには、怒っていない。それは事実だ。

「でも、」

「怒ってないって!」

バタン、と強くロッカーを閉めた。はっとして、カリームを見ると、泣きそうな顔。どうしよう。傷つけるつもりは無かった。そんな顔、してほしい訳じゃない。

ごめん、と小さく言った。カリームは、慣れない日本語でどう言ったら良いのか、一生懸命考えている様だった。カリームは何も悪くない。ただ、友達を紹介しただけだ。それに勝手に苛ついて、カリームに八つ当たりしている、俺の方がずっと悪い。

バツが悪くて、バックヤードの扉から先に外に出てしまった。

すると、ガードレールに腰掛けて、携帯を持っているアランがいた。目が合うと、またニヤリと笑うアラン。

慌てて出てきたカリームをアランは引き留めた。カリームの腰に手を回す。ウルドゥー語で、何か言い争っている。

俺は2人を置いて、歩き出した。

「サクラさん!」

カリームの呼ぶ声が聞こえたが、無視してしまった。

家への道を1人歩きながら悶々と考える。どうして怒ってしまったのか。ちゃんと話を聞いていれば、納得出来たかもしれない。秋の夜風が体を冷やす。上着を押さえながら、息を吐くと、少し白い。冬が近いんだな、と身体で感じる。

下を向いたまま歩いていると、何かにぶつかり、反射で謝った。

顔を上げると、相手は居酒屋の看板。

どうかしている。俺は、どうかしている。

涙が出そうだ。上を向いて深呼吸する。星がよく見える。綺麗な夜空だ。

この空みたいに、俺の心も広かったらな、なんて考える。

ヤキモチ妬いて、大声出して、俺って格好悪い。それなら余裕のあるアランの方が、ずっと大人だし、格好良い。見た目だって、お似合いだ。俺みたいな冴えない奴より、アランみたいな人の方が、カリームには釣り合ってる。ガラスに写る自分を見る。背が低くて、細い。男のくせに、色も白い。野暮ったい髪型。泣きそうな顔は、目元が腫れて、不細工だ。

目を擦って、流れ落ちそうな涙を拭う。

店長に言って、シフトを変えてもらおう。カリームに、会わないように。

 

家に着くと、鞄を下ろして冷蔵庫を開けた。ビールを取り出し、一気に飲み干す。相変わらず、頭はクラクラ。酔いが回る。そのまま台所に座り込んで、声を殺して泣いた。情けなくて。馬鹿みたいで。

突然、マナーモードにしていた携帯が震え、床に擦れて音を立てる。画面を見ると、カリームからだ。

悩んだ末、出る事にした。謝らないといけない。それだけは、ちゃんとしないと。

「サクラさん!」

もしもし、と言う間も無く、カリームが俺の名を呼んだ。

「ごめん」

小さく言った。

「ごめん、違います。サクラさん、謝る事ありません。僕が悪いです。」

「カリームは悪くないよ。俺が、」

「サクラさんのごめん、聞きたくて電話したんじゃありません。」

心なしかカリームの息が荒い。車の音が聞こえる。外から電話しているようだ。

「僕、ちゃんとお話したいです。サクラさんの家、行っても良いですか。」

「え、」

玄関のチャイムが鳴った。覗き穴から見ると、電話を持ったまま其処に立っているカリーム。

「む、無理!今は!」

玄関を挟んで、電話越しに言った。

「俺、今、目も腫れて、凄い不細工だし、」

「サクラさん綺麗です。いつも、可愛いです。」

「顔も真っ赤だし、」

「赤いサクラさん、可愛いです。見たいです。」

息を深く吸って、扉を開けた。真剣な顔をしたカリームが立っていた。

「サクラさん。」

顔をまともに見られずに逸らすと、カリームは中に入ってきて、俺を優しく抱きしめた。

「困らせてしまいました。ごめんなさい。サクラさん怒ります。当たり前です。」

「お、俺、こそ、」

涙が溢れてきて、まともに喋れない。カリームはこんなに優しい。それなのに、俺は。

「勝手に、ヤキモチ、妬いて、」

「ヤキモチ、妬きましたか。」

「だっ、て、」

カリームが俺の顔を覗き込んだ。頬に触れ、優しく摩る。

「僕、話します。パキスタンの事。アランの事。話して良いですか?」

小さく頷いた。

カリームは今までの事を話してくれた。パキスタンにいた時の事。カリームのお父さんは小さい頃に死んで、今は新しいお父さんがいる。でも、仕事が忙しくてあまり家に帰らないと言う。お母さんはいつもカリームを応援してくれている。ゲイである事を疎ましく思わず、寧ろ1番の理解者だと。それから、アランの事。パキスタンにいた時に、付き合っていたらしい。しかし、カリーム曰く、アランは直ぐに人を好きになる。浮気はしょっちゅうだった。その為、カリームはアランとは早く別れたらしい。だから、今はただの友達だと言う。人を揶揄うのが好きなアランは、俺を困らせて楽しんでいたらしい。アランが日本に来たのも、日本人の恋人を作るためだと言った。

「アランは、僕以外にも、好きな人たくさんいました。でも僕は、サクラさんに会いました。サクラさん、良い人です。優しくて、素敵な人です。僕を好きって言ってくれます。僕は、サクラさんだけです。サクラさんも、僕だけです。違いますか?」

「違わない。」

カリームの手を握って、答えた。カリームは優しく笑って、キスしてくれた。

「可愛いサクラさん。僕が守ります。」

まるで王子様みたいな口振りに、思わず笑みが溢れた。

俺って、本当に単純だ。カリームが、知らなかった過去を話して、俺を好きと言ってくれたら、全てどうでも良くなってしまう。

カリームの頭を引きつけ、舌を絡めた、濃厚なキスをした。今日は、そのまま俺がカリームを押し倒す。カリームの上に跨り、服を脱ぐ。

「サクラさん、やっぱり綺麗です。」

露わになった胸の突起を優しく触ってきた。

「そんな事言うの、カリームだけだよ。」

「それなら、綺麗なサクラさん知ってるの、僕だけです。」

再びキスをする。カリームの首筋を舐めながら、下を触る。大きいそれは、すっかり勃ち上がっている。俺は自分の後ろに指を挿入れて、解す。その痴態を見て、カリームの顔が雄になっていく。カリームのジーパンと下着を脱がせて、カリームのものをゆっくり挿入れていく。いつもより大きく感じる。

「カ、リーム、」

息を吐きながら、俺は言った。

「俺のここ、もうすっかりカリームの形覚えちゃって、カリームのじゃなきゃ、もうピッタリ入らないよ。美味しそうに咥えて、ひくひくしてる。」

カリームが腰を動かすと、奥まで突かれた。何度やっても、圧迫感で目の前がチカチカする。

キスをしながら、胸も弄られる。突起をコリコリと転がしながら、腰を振る。

口腔内が涎で溢れて、零れ落ちる。気持ちが良くて、意識が飛びそうだ。

「こんなにセクシーなサクラさんを知っているのも、僕だけです。」

胸を思い切り吸われ、びくり、と身体が跳ねた。先走りが下に垂れる。

「は、あ、」

「サクラさん、愛しています。」

腰の動きが早くなる。

部屋には浅い息と、卑猥な音が響く。

「サクラさん、僕の1番、可愛い人です。」

キスをしながらそう言われて、俺は果てた。

それでも、俺はカリームのものを抜かずに、また動き始める。

「サクラさん。」

「まだっ、足りないっ、カリームの全部、俺に頂戴っ、」

はあ、はあ、と息を吐きながら、腰を動かし続けた。

 

ベッドに横になる。隣にはカリーム。手を握ると、優しく握り返してくれた。嬉しくて、思わず笑顔になる。

カリームが頬にキスをしてきた。幸せだ。

「カリーム。」

「はい。」

「俺、カリームの事、凄い好き。大好き。」

改めて口にすると恥ずかしかったが、愛していると言ってくれたカリームに応えるように、目を見て言った。綺麗な、青い瞳。

「僕も好きです。」

カリームの握る力が強くなった。

「でも、心配しました。」

眉毛を下げたカリームを見て、何故、と聞く。

「アランは、サクラさん、好きになってました。僕からサクラさんを奪おうとしました。心配になりました。」

俺から見れば、アランはカリームにまだ未練があるように見えたが、付き合いの長いカリームの目が正しいに決まっている。

カリームの身体に腕を絡ませて、言った。

「俺が、カリーム以外の人好きになると思う?俺の身体は、もうカリームじゃなきゃ満足出来ないのに?」

カリームは、ふふ、と笑ってキスをした。

「サクラさん、こんなにセクシーになったの、僕のせいですか。」

「当たり前だろ。」

優しく強く、抱きしめられ、幸せを感じた。カリームが側に居てくれたら、俺はもう満足だ。

「アランには、別の人、紹介します。」

「誰?」

「サクラさん、女の人達とご飯に行きました。その時の代わりの人です。」

ああ、湯上?と言うと、ユガミさん、とカリームが名前を繰り返した。

湯上には悪いけど、そうして貰えたら、俺の心の平穏は保たれるなあ、と思った。