5.会えない日
大学の夏休み。バイトの無い日、俺は友人達と居酒屋で飲み明かしていた。今日この居酒屋はビール半額キャンペーンをやっており、友人達は、最早何杯飲んだか分からない。俺は以前、カリームに初めて抱かれた時にビール1缶でクラクラするくらいには弱いので、2杯目をちびちび飲んでいる。
酔いが回った友人達は、下ネタ三昧だ。毎晩のオカズやら、どのAV女優が好きか、なんて話している。
「チェリーは?どんなプレイが好み?」
俺に振るな、と思いつつ、ビールを置く。一応少し考える。
「おいおい、チェリーに聞くなよ。こいつ童貞だぞ。何にもやった事無いだろうが。」
「もう童貞じゃねーし。」
ボソリと呟くと、全員此方を見た。しまった。ついムキになって言ってしまった。
「え、チェリーお前、彼女出来たん?」
「いや、あの、」
口籠る俺に、興味津々の友人達。
カリームと付き合っている事は、誰にも言っていない。バイト先の店長は、何となく分かっているようだが。
「どんな子?可愛い?」
「うん、まぁ。」
可愛い、よな。カリームの笑顔を思い出しながら答える。
「写真無いの?」
「同じ大学?」
「どっちから告白したの?」
質問責めに困り果てる。どうしよう。自分より大きい外国人の男と付き合ってる、なんて知れたら、恐らくネタにされるに決まっている。
「大学は違うけど、向こうから好きって。写真は無い。」
考えて、当たり障りのない答えを出した。
「なんだよー。じゃあもうチェリーじゃないじゃん。」
「でも“桜”だから、チェリーのままで良いんじゃね。」
俺の話題になってしまった。早く終わらせたい。恥ずかしすぎる。
「どんなプレイが好きか、って話じゃなかったっけ。俺は、何やかんや普通が1番好きだな。」
話を持ち出す。
「まぁ、お前はまだ経験そんなに無いもんな。俺は断然バック!」
「いやいや、フェラが1番気持ち良いだろ。顔悪くても舌技凄けりゃイケルわ。」
下ネタに変わりはないが、何とか俺の話題からは逸れた。よかった、と静かに安堵する。
「俺は、言葉責めとか好きかも。」
友人の1人が言った。皆で彼を見ると、顔を赤くしている。
「何、お前、実はドM?」
「違っ、そんなんじゃないんだけど、」
真っ赤になって否定する彼に視線が集中する。
「女の子のさ、可愛くて高い声で、エロい事とか言われると、結構興奮するんだよ。」
「あー、それは何となく分かるかも。ギャップだろ?ヤバいよな。」
一同同意する中、俺はカリームの声を思い出す。
低くて、優しい声。どんな言い方するっけ。夏休みに入って、パキスタンに帰省しているので、暫く会っていない。メールはしているが、国際電話は高いからやめたほうが良い、自分も我慢出来る、メールだけで充分だ、と言われた。
「声、大事だよな。」
独り言のように呟くと、友人達はそうだよな、と言ってくれた。
カリームに会いたい。せめて、声を聞きたい。
帰宅したのは夜中の12時を回っていた。
ベッドに腰を下ろし、携帯を確認する。メールが1通入っていた。指で押して、開く。カリームからだ。
【サクラさん。きょうのばんごはんはビーフビリヤニです。おかあさんのごはんおいしいです。サクラさんきちんとごはんたべていますか。】
1時間程前に来ていたメール。パキスタンとの時差は、4時間くらいって言ってたっけ。今頃家族団欒しているのかな、なんて思う。
ビーフビリヤニについて検索する。牛肉の入った炊き込みご飯。良いもの食べてるな。良かった。
返信しようとして、指が止まる。時差4時間、って事は、まだ起きてる筈。パキスタンは20時過ぎだ。
どうしよう。メールで良いって言われている。それに、折角久しぶりの家族の時間を邪魔して良いものか。
友人の言葉を思い出す。声で、興奮する。
カリームの声を聞きたい。
気付くと、通話ボタンを押していた。
電話の向こうで、着信音が鳴る。
何やってるんだ、俺。カリームに言われたのに。
30秒。30秒で出なかったら、切ろう。そう思っていたら、2コールでカリームの声を聞けた。
はい、と言う低い声。久しぶりのあの声。その一言だけで、何故だか涙が出そうになった。
「サクラさん?」
返事がないのを心配して、俺の名前を呼ぶ。
「ごめん。」
開口一番、謝った。
「電話はしないって、言ったのに。ごめん。邪魔して。」
「邪魔してないです。」
優しい声。
「僕は、サクラさんの声、聞きたかったです。ずっと。サクラさんは、違いますか?」
「違わない!」
電話口で大きな声で否定してしまった。ごめん、と再び謝る。カリームがクスクスと笑う声が聞こえた。
「サクラさん、ごめん言いたくて電話しましたか?」
「違う、違うよ。カリームに会いたくて。せめて、声だけでも、って思って。」
改めて口にすると、恥ずかしい事をしている。だってこんなの、とても女々しい。
「アルバイトでしたか?」
「ううん。学校の奴らと飲みに行ってた。さっき帰って来たとこ。あ、風呂入らないとな。」
夏の暑さでベタつく身体に気付いて、面倒だな、と呟いた。カリームが息を吸う音が聞こえた。
「お風呂、まだ入ってませんか。」
「うん。」
「僕もです。」
カリームの声が、段々低くなっていく。電話の向こうで、聞き慣れない外国語が聞こえて、次いでバタン、と扉を閉める音。
「汗、かいてますか。」
「そうだね。もう夜だけど、こっちは暑いよ。」
「サクラさん、シャツを脱いでください。」
何で、と問うと、予想外の言葉が返ってきた。
「サクラさんの体を見たいです。」
ドクン、と胸が鳴る。見える筈ない。これはテレビ電話じゃないし、音と声しか拾えない筈。それなのに、今目の前にカリームが居て、裸を見せろと言われている気分になる。
どんどん息が浅くなる。どうしよう。どうせ、見えない。だから、脱ぐ必要は無い。でも。
「わ、かった、」
ゆっくりと、Tシャツに手を掛ける。上半身が露わになると、居ないはずの相手に見られている気がする。胸の鼓動と共に、突起がピクリ、と反応する。
「サクラさんの胸、僕に触って欲しいみたいです。」
クスリ、と悪戯っぽく笑う声が聞こえた。否定したかったが、出来なかった。見えている様な口振り。
「触って、欲しい。カリーム、俺の側に来て欲しい。今すぐ。いつもみたいに、」
胸の突起を摘んだり、捏ねたり、舐めまわしたり、滅茶苦茶にしてほしい。
「出来ません。」
「分かってる。」
ごめん、と3度目。また静かに笑う声。
「でも、セックス出来ます。サクラさんが電話をくれて、良かったです。」
どうやって、と問い掛ける俺に、カリームの声色が変わった。俺を抱く時の、あの声。
「指で、胸を摘んでください。ゆっくり。摘んだまま、爪で少し引っ掻きます。」
言われた通り、突起をそっと摘み、爪を立てて引っ掻く。ビクン、と反応する身体。
「痛かったら、指を舐めてみてください。僕が舐めてると思って。」
指を口に含む。涎で濡れた指で、そこをクリクリと転がす。
「サクラさんの胸、可愛いです。チェリーのキャンディーみたいです。」
どんどん熱を帯びていく。赤く腫れてきて、本当に、カリームに舐められている感覚に陥る。
はぁ、と息を吐く。もっと、もっとだ。カリームが舌で舐める時は、もっと濡れている。もう一度指を舐めてから、捏ねる。
「カ、リーム、カリーム、」
「可愛いです。サクラさん。」
電話口で、キスをする音が聞こえた。その音に余計に興奮して、胸を弄る指の動きが激しくなる。それに反応して、勃ち上がる下半身。下は脱いでいないので、ジーパンにジワリとシミが出来る。
「下、触りたいっ、」
「良いですよ。ジーンズ脱ぎます。下着も。サクラさんの裸、僕に見せてください。」
携帯を持ったまま、全て脱いでしまう。其処にいない筈の相手に、全てを曝け出しているように。
「サクラさんの性器、濡れています。先端を触ります。指で、押し付けるみたいに。」
先走りが垂れるそこを触ると、ぬるりと糸を引く。この痴態をカリームが見ている。其処にいなくても、カリームには、見えているんだ。
「どうしよ、俺、」
「僕が舐めます。舐めても良いですか?」
舌を使って舐める音が聞こえる。唾液が絡まる、いやらしい音。実際に舐められている訳じゃないのに、それなのに、
「は、あっ、カリーム、」
音に合わせて手を上下に動かす。卑猥な液体はどんどん溢れてくる。もう少しで果ててしまいそうな時に、カリームの低い声が止めた。
「サクラさん。まだ、駄目です。後ろ触ります。ゆっくり、指を挿入れてください。」
垂れてきた液体ですっかり濡れている後ろの穴へ、指を一本、ゆっくりと挿入れる。ずぷり、と簡単に飲み込まれる。
「サクラさんの中、温かいです。」
カリームの息も上がっているのが分かる。深く息を吐き、指を増やしていく。グリ、と指を曲げると身体がビクリと仰反る。
「ひっ、」
「サクラさん。」
カリームに名前を呼ばれる度に、快感が押し寄せる。
「カリームっ、カリームっ、」
「駄目は、」
「駄目じゃ、ないっ、」
お互いに息が乱れる。カリームも、一人で、俺を想像しながら、俺の声で、しているのだろうか。そう思うと、余計に身体が火照る。
「駄目じゃないっ、からぁっ、もうっ、」
「一緒にいきましょう。」
電話口から、卑猥な音が聞こえる。もう耐えられない、と思った瞬間、白濁の液体が溢れ出た。
はあ、はあ、と息を整える。カリームも息が乱れているのが分かった。
「サクラさん、電話でも、セクシーでした。」
途端に、自分がやった事がどれだけ恥ずかしい行為だったのかを理解した。
「馬鹿カリーム!変態!」
「ヘンタイって、なんですか?」
「うー俺、俺、」
「サクラさん、声、セクシーで可愛くて、素敵でした。」
「可愛くない!」
「早くサクラさんに会いたいです。」
その言葉に、涙が出そうになった。
「俺も、会いたい。」
小さい声で、そう言った。カリームがふふ、と笑う。
「もう少しだけ、待っていてください。直ぐに帰ります。」
「うん。待ってるから。」
電話越しにキスをされた。
大きく息を吐きます。僕はハートのドキドキを抑えてから、部屋から出ます。
「誰からの電話だったの?」
お母さんが聞きました。
「さっき話した、サクラさん。アルバイト先の人で、僕の大切な人なんだ。」
あらあら、とお母さんは口元を押さえてニコニコします。お母さんは、僕がゲイだと知っています。いつも、応援してくれます。
その隣で、黒いシャツを着たアランが、ニヤニヤしています。
アランは、留学する前の僕の恋人でした。今は、お友達です。
椅子に座る僕に、アランが話し掛けます。
「息荒いぞ。」
「関係無いだろ。」
「サクラさんってのと、電話でやってたんだろ。」
僕は顔色を変えない様にして、アランを見ました。アランは、直ぐに人をからかいます。
アランが背伸びをしながら、言いました。
「いいなー。俺も日本人の彼氏、作ろうかな。」
アランはお金持ちです。たくさんの言葉、喋れます。留学するのは、良い事です。僕は、日本はどれだけ良い所か、説明しました。
「留学って、色んな刺激があって、楽しいよ。」
「申請してみるか。」
携帯電話を取り出して、何か調べ始めました。きっと留学についてだと思います。
アランが日本に来てくれるのは、お友達としては、嬉しいです。でも、少し心配です。アランは直ぐに人を好きになります。僕は、絶対にサクラさんを守ります、と決めました。
2日後、カリームは大量のお土産を持ってバイト先に現れた。帰ってくるのは2週間後だった筈なのに。
「サクラさんに会いたくて、帰ってきてしまいました。」
耳元で囁かれ、顔が赤くなった。
カリームは俺の手に葉っぱの傘を持ったカエルの人形を渡してきた。
「アルバイト、終わるまで待ちます。サクラさんの家、行きますね。」
誰にも見られていない事を確認し、頬に軽くキスをされた。
店長が出てきて、桜君早上がりして良いよ、と言われる10分前の出来事だった。
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