11.同棲

 

「桜君、同棲するの?」

転居の旨を伝えると、店長はにこにこ笑って言った。シャフール君も言っていたよ、と追い討ちをかけられ、顔が赤くなった。

「ど、うせいって言うか、ルームシェア、です!」

何とか言い逃れしようとするが、店長の笑顔は変わらない。へぇ、と机をゴソゴソして、書類を渡された。

「引越し済んだら、新しい住所教えてね。」

顔の赤みが引かないまま、レジに戻る。無表情の湯上が横目で見てきた。引越し資金を作るべく、今日は朝もバイトを入れたので、湯上と一緒だ。

湯上とは大学が同じだが、学部も違うし、湯上自身あまりわいわいと人と連むタイプではないので、そこまで仲が良い訳じゃない。それでも、湯上がアランと付き合いだしてからは、少し話すようになった。

「引っ越すの?」

客のいない早朝の店内で、湯上が尋ねた。首を縦に振る。

「シャフールと?」

言い当てられ、更に顔が赤くなる。

「湯上だって、アランと住んでるんだろ。」

湯上がアランのマンションに越して、一月程経つ。ルームシェアの先輩と言う訳だ。

「一緒に暮らすと、結構面倒臭い事もあるけどな。」

「どんな?」

「そうだな、例えば、」

.....

.....

「いや、何だよ?!」

「回想シーンが流れるかと思って。漫画とかで良くあるじゃん。」

湯上は少々、掴めない所がある。こういう変な事を平気でするから、深く仲良くはなれない。

「この間あった事だけど、俺、論文が表彰されて、ちょっとしたパーティみたいなのに行ったんだよ。」

湯上は頭が良い。同じ大学に通っているとは思えない。もっとレベルの高い所に行けば良かったのに、湯上曰く、学費が安いからこの大学にした、と言っていた。弟がいるらしいので、それを見越しての事なんだろう。意外としっかりしている。

「それで、アランには言ってあったんだけど、9時過ぎたあたりから、鬼のようにメールと電話が入ってきた。」

「うわ。」

「それが、こちらです。」

3分クッキングみたいに携帯を出されて、メールと着信履歴を見せられた。電話だけでも20件を超えている。

「アランって、結構、」

「ああ、束縛強め。」

浮気性だったアランは、湯上に出逢ってから変わったらしい。今迄執着する相手がいなかっただけで、元々は独占欲の強い奴だったんだろう。

「同棲すると、執着が強くなりがちみたいだから、気を付けた方が良いぞ。」

カリームの笑顔を思い出す。子犬のような顔に反して、カリームは独占欲が強い。小さく頷いて、覚悟するように深く息を吸った。

 

引越し先のアパートは、果穂姉さんが紹介してくれた不動産屋でお願いした。旦那の叔父がやっていると言う。

第一声、

「恋人同士?」

と聞かれ慌ててしまったが、カリームは落ち着いて肯定した。俺にもそんな自信があればなあ、と思ってしまった。

叔父さんは、特に気にせず、同性カップルが住めるアパートを探してくれた。

「果穂ちゃんから聞いてるよ。晴人、って名前なのに、なかなか春が来ないから心配していたけど、やっと訪れたから頼みます、って。」

笑顔で言われて恥ずかしくなった。大家に掛け合って、特別に少し家賃も下げてくれた。

引越し当日、いきなり届いた荷物は、姉からの贈り物だった。

キングサイズのベッド。いや、でかすぎるだろ。一部屋はベッドのみで塞がってしまった。

荷ほどきが少し落ち着き、店長が差し入れてくれたコンビニ弁当を食べると、腹が膨れて眠くなってきた。ベッドに横になる。流石、あの姉からのプレゼント。広い上、ふかふかで気持ちの良いベッドだ。

「凄い。俺が全身伸ばしても、まだまだ余裕だよ。」

そんな俺の隣に腰掛けて、カリームはキスをしてきた。

「それなら、一緒に寝れますね。」

どきり、と心臓が鳴った。そうか、姉はその為に、この大きさのベッドを送ってきたのか。

「サクラさん。」

覆い被さるように、俺に跨った。頬に優しく触れて、キスを繰り返す。

「カ、リーム、ちょっと、まだ途中、」

「休憩しましょう。」

「休憩、って、」

「それなら、気分転換にしましょう。」

先にベッドに寝転んだ俺が悪いが、カリームはすっかりスイッチが入ってしまったようだ。脚を曲げると、カリームのものに当たり、少し勃ち上がっているのが分かる。

口を塞がれ、舌を絡まされ、涎が溢れる。キスをしながら片手でTシャツ越しに、胸の突起を弾かれた。びくり、と仰反る身体。カリカリとそれを擦られる度に、反応してしまう。それでも、唇は離してくれない。息が苦しい。酸欠で、頭が回らない。

「ん、ふ、」

鼻で何とか息をし、働かない頭で考えようとするが、雄になったカリームは誰にも止められない。

胸から手を離し、両方の頬に触れられた。最早、どちらの涎を飲んでいるのか分からない。下を触っていない筈なのに、口腔内を激しく犯されて、それだけでしている気分になる。

突然、舌を思い切り吸われて、それと同時に俺は果てた。

キスだけで、いってしまった。

ゆっくりと顔を離され、口に付いた涎を舐めとるカリーム。ふう、ふう、と息をする俺。

「サクラさん、挿入れても、良いですか。」

こんな状態で断れる訳がない。小さく頷くと、再びキスをされた。

 

「今日中に終わらせようと思ったのに。」

腰の痛みに耐えながら、何とか荷物を片付ける。

結局、あの後、あのカリームがすぐに終わる筈もなく、何度もやった。

「サクラさんと、一緒に住めます。嬉しくて、張り切りました。反省です。」

そう言われると、怒る気力がなくなってしまう。カリームの、反省です、に俺は弱い。しゅんとして、雨に打たれた子犬みたいな顔をするから。

「まあ、あと少しだし。頑張ろう。」

落ち込んでいるかと思い励ますと、ぱっと明るい笑顔。泣いてないのかよ。

「終わったら、大きいベッドで一緒に寝れます!初めての夜、ですね。」

にやりと笑うカリームに、あ、夜もやる気だ、と感じた。足元に落ちていたガムテープの塊を投げつけた。

「馬鹿!」

最早、その精力は絶倫を通り越しているんじゃあないだろうか。

毎日こんなんじゃあ、身が持たない。一つ、提案してみる事にする。

「カリーム、あのさ。」

「はい。」

「その、するのはさ、構わないんだけど、毎日は、ちょっと、」

「毎日するのは、キスだけですか?」

「え、と、キスは良いけど、さっきみたいなキスは、ちょっと...

「キス、駄目ですか?」

見るからに落ち込むカリーム。子犬みたいな目でこちらを見ている。

「いや、あのさ、良いんだよ!キスは!軽くなら、ね?」

慌てて訂正すると、笑顔になる。

「キスは、毎日しますか?」

荷物を置いて、顔を近付ける。可愛い顔で、それでも目の奥がギラギラしているのが分かる。顎に触れて、優しいキスをされた。

「これなら、良いですか?」

優しすぎて、恥ずかしいくらいだったが、真っ赤になりながら首を縦に振った。それから、強く抱き締められる。

「これからは、毎日サクラさんと一緒ですね。」

改めて言われると、照れ臭かったが、応えるように抱き締め返した。俺だって、カリームと毎日いられるのは、とても嬉しい。

「カリーム、」

小さく名前を呼んだ。

「早く終わらせよう。ベッド、行きたい。」

思わず俺の方から催促してしまったが、カリームは俺の腰をそっと撫でてから、再び片付け始めた。

 

「チェリー、引っ越したんだって?」

友人達に聞かれて、たぬきそばを啜りながら頷いた。

「どんなとこ?」

そばを飲み込み、返事をする。

「普通のアパートだよ。3LDKの。」

「一人暮らしにしては、広くね?あ、前に言ってた彼女と暮らしてる、とか?」

赤くなりそうなのを息をして抑えて、言った。

「や、あの、ルームシェア。バイト先の奴と。」

もしも、もしもだ、友人が部屋に来た時に男の外国人がいたら驚かれる。下手に女と暮らしてる、なんて嘘は言わない方が良い。

「バイト先って、あの外国人?でかい奴。」

「うん。」

「そんなに仲良かったんだ。そいつと。」

「良い奴だよ。気使わなくて良いし。」

へえ、と友人は納得したようだ。変に思われてはいないらしい。安心した。

「彼女じゃないならさ、今日あたり飲みに行かね?」

「あー...

悩んでしまう。カリームと暮らして1週間。バイトの無い日にカリームを独りにして、良いものだろうか。

「何、そいつに何か遠慮してんの?気使わなくて良かったんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけど、」

そうだ。偶にはカリームと離れる事も大切だ。適度な距離感、ってやつ。

「行くよ。」

じゃあ駅前の店な、と友人達は話を進めた。その間にカリームにメールを送ると、向こうも昼休みなのだろう、すぐに返事が来た。

【さみしいです。はやくかえってきてください。】

10時には帰るよ、と返信して、携帯をしまった。

 

夜の11時。遅くなってしまったが、飲みに行くとは伝えてあるし、大丈夫だろうと特に早足になる事もなく、家路に着いた。

寝てるかもしれない、と静かに扉を開けて、ただいま、と中に入る。電気が点いている事に気付き、前を向くと仁王立ちで腕を組んでいるカリーム。

「電話、どうして出ませんか。」

言われて携帯を確認すると、着信が16件。

「ごめん。マナーモードにしてたから、気付かなかった。」

「女の人と、一緒ですか。」

怒っている?

「いや、友達と。男友達。」

「どうして遅くなりましたか。」

「久しぶりだから、盛り上がっちゃって。」

「電話、チェックしてください。」

「だから、気付かなかったのは、ごめんって言ってるじゃん。何でそんなに怒るんだよ。」

「怒っていません。」

「怒ってるじゃん!」

「心配していました!」

ぽかんと口を開けてしまった。心配?ちょっと遅くなったくらいで?

カリームはため息を吐いて、俺を抱き寄せた。

「サクラさん、無防備なところあります。何かあったかと、心配しました。」

「ご、ごめん。」

「無事で良かったです。」

カリームは、独占欲が強い。しかし、それ以上に心配性なのだ。今回は、時間通りに帰らなかったばかりか、連絡しなかった俺が悪い。

「心配かけて、ごめん。」

「次は、電話してくれますか?」

「うん。」

背中に回っている手が、少し震えているのが分かった。

「カリーム。」

「はい。」

「お詫び、させて。」

カリームの首に腕を回して、キスをした。カリームも抱き締める力を強くすると、俺の身体が浮いた。そのまま抱えられて、ベッドまで連れて行かれる。

「今日はオーケーですか。」

「うん。好きにして良いよ。」

耳元で囁く。

「お詫び、だから。」

途端に服を捲られ、胸に吸い付く。片手でジーパンを脱がし、後ろの穴へと指を挿入れる。

「んっ、あ、」

急激に遅いくる快感に、声が出る。酒も入っているからか、抑えられない。

「サクラさん。」

指を増やされ、中で暴れるそれのせいで、先走りが滴り穴まで流れる。そこ自体がまるで濡れているように、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てる。

「カリームっ、も、っと、奥っ、」

「届きません。」

「じゃ、あ、早くっ、挿入れてっ、」

カリームもジーパンを下ろし、勃ち上がるそれを露わにする。ぴったりと当てがい、一気に奥まで突く。

「うあっ、」

「サクラさん、いつもより温かいです。お酒のせいでしょうか。」

「そんな、わけ、」

「それに、柔らかくて、たくさん締まります。」

胸を弄られ、それに反応して締まる穴は、カリームのものを絞り出そうとしているようだった。

「カリーム、」

「はい。」

「今日は、何回しても、良いからっ、お詫びだからっ、」

「サクラさん、疲れてしまいます。」

「だ、い、じょぶ、明日休みだしっ、」

「それなら、」

耳元で低い声で囁かれる。

「朝まで、しますか。」

ぎゅっと抱きついて、頷いた。

 

目が覚めると、日は高くなっており、もう昼過ぎだと時計を見て知った。

良い匂いがする。

起き上がると、腰に激痛。そうだ、結局本当に朝までやったんだった、と思い出して赤くなった。

「おはようございます。」

エプロン姿のカリームが、ホットケーキ片手に挨拶をした。

「起きれますか?」

立ち上がろうとしたが、腰が痛くてベッドから動けなかった。それを見てくすりと笑うカリーム。皿をベッドに持ってきてくれた。

「蜂蜜とバター、どちらが好きですか?」

...蜂蜜。」

台所から蜂蜜を持って戻ってくると、横に座った。

「なんか、」

ぽつりと呟く。

「カリーム、新婚の奥さんみたい。」

幸せだな、と言うと、頬にキスをされた。

「サクラさんは、お寝坊な旦那さんですね。」

とびっきり可愛い笑顔で言われて、あ、俺の幸せの最高潮って今なのかも、なんて考えてしまったが、カリームが肩に顎を乗せているのを見ると、いやまだまだ伸び代はあるな、と思い直した。

幸せは、天井知らずだ。