1.はじまり

 

 

俺は友達から「チェリー」って呼ばれてる。名字が「桜」だから。

いや、本当は、生まれて20年間彼女無し、童貞だからだ。飲み会では、いつもその話でからかわれ、女の子はドン引き。俺に彼女ができない原因は、殆ど友人達のイジリによるものだ。だってそんな事、言われなければ気にしないだろうし、下ネタなんて女の子受けが良い筈もない。

そんな訳で、異性に使う筈の大学終わりの夕方や休日は、このコンビニでアルバイトに勤しんでいる。

バックルームのロッカーで、制服に着替えていると、背の高い、ふわふわした髪の、肌の黒い男が入ってきた。

「おはようございます。サクラさん。」

「おはよう、カリーム。」

カリームは、パキスタン人の留学生。このコンビニの地区には、大学が2つあり、其処の大きい方の大学には各国からの留学生が多い。カリームも、その大学に通っている。

俺はと言うと、もう一つの、願書を出せば誰でも受かるようなレベルの小さな大学の学生だ。だから、外国人と言っても、カリームの方が俺なんかよりずっと頭が良い。初めて会った時から、カリームは日本語はペラペラ。母国のウルドゥー語と、それから英語も話せると言っていた。外国人の客も多いので、正直助かる。

「カリーム、昨日発注頼んでおいた雑誌、いつ届くのかな。」

おれが尋ねると、カリームは着替えも途中で、ロッカーに入れてあった小さなメモ帳を取り出した。うにょうにょした、みみずみたいな文字で、色々書いてある。この文字がウルドゥー語なのかなあ、なんて思いながら、返答を待つ。

「ええと、発売日が月曜日なので、明日の夕方には届く、と言う事です。」

「そっか。ありがと。」

下手に日本人のバイトに聞くより、カリームに聞いた方が早い。仕事も出来るし、細かい事にも気が付いて直ぐに行動する。時々片言になる日本語も、可愛らしい。

可愛らしい、と言う言葉を連想して、あれ、と思う。カリームを見ると、長い睫毛に大きな目、彫りの深い顔立ち。背は俺なんかよりずっと高いし、身体もガッシリしている。

格好良い、だよなあ。

厚い胸板に見惚れていると、カリームが声を掛ける。

「サクラさん。どうしましたか。」

はっと我に帰り、目を逸らす。

「いや、仕事、ちゃんとやってるなって、褒めようと思って。」

そう言うとカリームは、へへ、と照れ笑いをして、有難うございます、と丁寧にお礼を言った。

「サクラさん、僕より仕事上手です。だから、サクラさんに褒められると、僕は嬉しいです。」

笑った顔は、可愛い。うん、そうだ。カリームは笑顔が可愛いんだ。素直に感情表現するのは、パキスタン流なのか、それともカリーム流なのか分からないが、良い事だ。

他にもバイト仲間はいるのに、何故かカリームは俺を信頼してくれている。カリームが新人として入ってきた時に、店長に教育係を任されたからだろうか。飲み込みが早かったので、俺の手助けなんてすぐにいらなくなったのに、俺よりずっと仕事が出来るのに、どうしてか、カリームは俺に懐いている。

身体は大きいのに、子犬のような笑顔を見せられると、懐く、と言う言葉がぴったりだ。

制服に着替え、今日もよろしく、とお互いに言ってからレジへと向かった。

 

今日のシフトは17時から23時まで。バックルームで店長は事務作業をしているが、店には俺とカリームだけだ。

品出し、掃除、フライヤー作りを一通り終えて、レジで並んで客を待つ。

今日は土曜なので、この時間は平日より客が少ない。そういう時は、決まって、カリームへの日本語講座が始まる。

「『綺麗』と『美しい』の違いって、何ですか。」

「どうして皆、『超』って何にでも付けるんでしょう。」

「有名人の写真を見た人が、『尊い』って拝んでいたんです。」

大体が、日本人にとっては当たり前、疑問も持たずに使っている言葉ばかり聞いてくる。俺は時々考えながら、答える。これが、結構難しい。日本語が母国語じゃない人に、分かりやすく説明するのって、そう簡単じゃあないんだな。

もうすぐ休憩だな、と時計を見ていると、大きな笑い声と共に客が入店してきた。いらっしゃいませ、と迎える。客の1人が俺に気付き、近寄ってきた。

「チェリーじゃん!何、今日バイト?俺達これから飲みに行くんだよ。」

仕事中に友達と私語を挟むのは、あまり好きじゃない。こっちは真面目にやっているのに、茶化された気分になる。

「可愛い子来るんだよね。チェリーも誘えば良かったか?」

「いいよ。どうせ23時までバイトだし。」

「終わったら来れば良いじゃん。それとも、そっちのイケメン外国人誘うか?女子が喜びそう。」

「やめろよ!」

つい、大きな声を出してしまった。友人だけじゃなく、カリームも驚いて、こちらを見る。

「な、んだよ。ただの冗談じゃん。」

友人の顔が引きつる。

「いつも馬鹿にするだろ、人の事、童貞って。そういうの、良い加減うんざりなんだよ。こいつの事だって、外国人だからってイジって笑いとる気だろ。」

カリームが心配そうに、こちらを見ている。

「ご、めんって。そんなつもりじゃ、なかったんだよ。」

「早く帰れよ。」

友人一行はそそくさと店を後にした。

不機嫌になった俺の顔を心配そうに、カリームが見ていた。

 

「サクラさん、大丈夫ですか。」

休憩時間、おにぎりを食べながらカリームが聞いてきた。俺は廃棄の弁当に箸をつけたまま、答えた。

「うん。ごめんな。さっき、いきなり怒鳴っちゃって。びっくりしたよな。」

「びっくりは、しました。」

カリームは、まだ心配そうな顔をしている。

「サクラさん、怒るような事、言われましたか。」

「カリームの事を...

「僕は、怒っていません。言ってる事、意味、よく分かりませんでした。」

その言葉に、少しほっとした。カリームが傷付いていないなら、それは安心だ。

「サクラさん。」

カリームは、まだ気になる事があったようで、言葉を続ける。

「サクラさん、名前、サクラ。チェリーブロッサムだから、チェリーと呼ばれていますか。」

「それは、そうだけど...

予想外の質問に、俺は口籠る。

「えっと、桜、だけじゃなくて、別の意味のチェリーって言うか...

もごもごと答える俺に、カリームは好奇心の塊の様な目を向ける。

「チェリーってあだ名、俺の事、馬鹿にしてんだよ。その、俺、彼女いた事なくて」

「何故ですか。」

質問責めに困り果てる。カリームは、俺の手をそっと触って、言った。

「サクラさん、素敵な人です。何故恋人いませんか。」

「そんなん、俺が知りたいよ。」

「僕は、サクラさん、好きです。」

有難う、と笑顔を見せると、急に近付くカリームの顔。

「サクラさん、優しい。何でも教えてくれます。僕が会った人の中で、一番。」

何故かどんどん距離を詰めてくるカリーム。向かいに座っていた椅子から移動し、俺の隣に来た。

「カリーム、どうしたの。」

「僕はサクラさん、恋人いないの、嬉しいです。」

「え」

何で、と言いかけた俺の口をカリームの唇で塞がれた。いきなりの事で驚いて、抵抗出来ない俺の口腔内に、舌を入れて絡ませてくる。キスなんて、子供の頃親にされた以外した事無い俺は、反応できずにいると、ゆっくりと顔を離したカリームが、悲しそうに言った。

「サクラさん、僕の事、嫌いですか。」

「いや、嫌いなんじゃなくて。」

必死に首を振る。

「は、初めて、だったから。」

その言葉に、カリームの顔がパッと明るくなる。あの可愛い笑顔。

「サクラさんの初めてが僕。とても嬉しいです!」

大きな身体で抱き締められた。

「サクラさん。」

カリームが耳元で囁く。

「アルバイト、終わったら、サクラさんの家行きたいです。2人きりで。」

どうしたらいいか分からず、取り敢えず頷くと、カリームは、笑顔になり、再び抱き付いた。

 

まずい事になった。

バイト終わり、ビールとつまみを買って、カリームと2人俺の家に帰った。俺は先にシャワーを浴びて、今はカリームが風呂にいる。

家に上げてしまった。これって、同意したって事になるのか。

いやいや、と1人で考え込む。

あれはただのスキンシップだったのかも。そう、カリームは、ただ俺と仕事終わりに酒を飲みたくて、あんな事言っただけかも。

カリームは大学の寮で暮らしているから、部屋で友達を呼んで飲むなんて出来ないから、そう、ただそれだけだ。

風呂場の電気が消えて、カリームが部屋に入ってきた。

上はTシャツを着ているが、下はボクサーパンツ一丁だった。

え、なんで、と呟くと、

「脱ぎます。サクラさんも、裸になります。服をきちんと着る意味、ありますか。」

俺も、裸になるって。どうせ服脱ぐんだから、着る意味無いって。やっぱり、そういう意味でここに来たのか。

心の何処かで声がする。

男なら、覚悟を決めろ。

俺は冷蔵庫に入れてあったビールを一缶、ぐいっと一気に飲み干した。カリームは驚いていたが、知った事か。

ベッドにどかりと座る。アルコールが一気に回ってきて、クラクラする頭で、カリームに言った。

「俺もカリームの事、好きだよ!もう覚悟は出来た!来い!」

カリームはとびっきりの笑顔でおれに抱きつき、ベッドに押し倒した。

あの時、なんで俺が友人に怒鳴ってしまったのか、分かった気がした。カリームを取られてしまうのが、嫌だったのだ。他の誰かと、女とイチャつくカリームを想像して、つい怒ってしまったのだ。俺の大切なカリームをそんな場所に連れて行くな、と。

カリームはベッドに横たわるおれの頬に、耳に、首に、それから唇にキスをした。唾液が溢れるくらい、濃厚なキス。

「舌を出してください。そう、吸い付く様に。上手です、サクラさん。」

カリームが丁寧に教えてくれる。今度は俺が教わる番か。

それからゆっくり、カリームの手が、俺の服を捲る。胸元の小さな突起をコリコリと弄りだす。反対の手は、ズボンの中。膨らむそれを優しく触ってから、後ろの穴へと指を滑らせる。

「ちょ、なん、で」

俺は驚いて、カリームの腕を掴んでしまった。

「日本語、勉強するには、ポルノビデオを見ると良い、とインターネットに書いてありました。」

だからって、男同士のやり方なんて、何でそんなに手馴れてるんだよ。

「色々観ました。ゲイのポルノも。日本人の男性は、綺麗です。美しい身体つきをしています。でも」

いやいやいや、日本語勉強の為に、ゲイビなんて、普通観ないだろ。絶対おかしい。

カリームが、俺の胸に吸い付いた。

「ひっ、あ、」

「サクラさんの胸は、チェリーの様で、一番綺麗です。」

舌で器用に捏ねくり回され、感じた事のない快感が押し寄せる。乳首なんて、自分でも弄った事はない。

「やっ、だめ、むりっ、そんな吸っ、」

「ポルノでは、駄目、は気持ち良いの意味でした。」

何て都合のいい理解力。いや、実際気持ち良い。でも、感じすぎて、自分じゃなくなりそうだ。それに、

「そこ、ばっかりじゃなくて、下、下も、触って、」

「性器は駄目です。」

思いがけない言葉に、涙目でカリームを見る。

「何で、」

「サクラさんは、僕で気持ち良くなります。性器は、サクラさんだけで気持ち良くなります。」

「じゃあ、どこ、」

「ここです。」

そう言って後ろの穴に、指をずぷりと挿入れた。

「ひっ、」

「ここを拡げて、僕で気持ち良くなります。サクラさん、僕の事、もっと好きになりますか?」

指が2本、3本と増やされ、奥を刺激する。グリ、と捻れるように指を動かされた途端、身体が仰反る。

「な、に、これぇ...

顔が紅潮する。息が浅くなる。知らない内に、指が4本も入っていた。どんどん解されていき、知らなかった感覚に溺れそうになる。俺のものはもうすっかり勃ち上がり、我慢汁が腹まで垂れている。

すると、急に指を抜かれた。思わず、抜かないで、と声に出してしまい、恥ずかしくて口を押さえた。カリームは笑顔になり、キスをする。

「大丈夫です。別のもの、ここに挿入れます。」

穴の周りのヒダをゆっくりなぞられると、ヒクヒクと欲しがり、反応する。

カリームがTシャツと下着を徐に脱ぎ始めた。その肉体美に目を奪われる。彫刻みたいだ。

店で買ってきた、つまみの入っている袋をゴソゴソして、ゴムを取り出した。そんなもの、いつの間に買っていたんだ。ゆっくりと、箱を、袋を開けて、カリームのそれに被せる。焦らされているように思える。

しかし、カリームのは、とてもじゃないが、コンビニで売っているようなサイズでは、合わない。なかなか付けられないゴムに、俺は痺れを切らした。カリームのものを足でそっと撫でながら、ゴムを退ける。

「カリーム、もう、」

「駄目です。コンドームは、きちんと付けなければ。」

「だって、それ、サイズ合ってないじゃん。カリームには、小さすぎるよ。それに、俺、もう、待てない。早く、して、」

その言葉を聞いたカリームは、いつもの可愛い笑顔から一変、雄の顔に変わった。そのギャップに胸が高鳴る。

ぴたりとものを当ててから、カリームは深く息をする。あ、くる、と思った途端、ズン、と奥まで突き上げられた。

「ゔあっ、」

目の前がチカチカする。腹の奥、凄い圧迫感。

「大丈夫ですか。」

カリームの言葉に、返事も出来ない。苦しい、でも、早く動いてほしい。

何も言わない俺に不安になったのか、カリームはそのままキスをしてきた。唇の後、首に吸い付く。気持ちが良くて、ふっと力が抜けると、カリームはゆっくりと腰を動かし始めた。奥をゴリ、ゴリ、と突かれる度に、俺のものは汁を垂らしながら、身体と共に反り返る。

「サクラさん、サクラさんのナカ、気持ち良いです。サクラさん、可愛いです。」

腰を振りながら、カリームは俺の事を可愛い、綺麗と言う。空いている手で、胸の突起を摘まれると、俺の身体はまたビクリ、と反応する。それに気を良くしたのか、カリームは前後に動きながら、そこを捏ねたり、軽く引っ掻いたり、舐めまわしたりする。

「き、もちい、カリーム、そこ、きもちいっ、」

カリームの身体に腕を回し、抱きつく。何かに掴まっていないと、頭がおかしくなりそうだ。

ふう、ふう、と息を吐く。カリームは腰を止めない。緩急をつけて動かしている。サクラさん、と低い声で名前を呼ばれる。腹の中と胸を同時に刺激されている俺は、もう限界だ。

「カリーム、俺、もう、」

「サクラさん、僕、ごめんなさい、」

カリームも余裕が無さそうだ。

「謝んなくて、いい、からっ、」

中に出して、と言う言葉を発する前に、俺の方が先に白濁の液を吐き出した。それに反応して締まった穴に刺激され、カリームも俺の中に出した。

ぐったりとする俺。凄い、俺、セックスしちゃった。気持ち良かった。まさか、童貞を捨てる前に、処女を捨てるとは思わなかったが。

余韻に浸っていると、カリームは抜かずにそのまま体勢を変えて、また腰を振り出した。先程果てたとは思えないほど、中で大きくなっているのが分かる。

「え、ちょっと待って、」

「待てません。」

焦る俺を無視して、カリームは第2ラウンドに入る。

「サクラさん、可愛い。僕は、止まりません。まだ、します。」

そうしてまた、胸を弄ったり奥を突かれたり、カリームの動きは止まらなかった。

 

痛い。

バックルームのロッカーを支えに、腰を屈める。

結局あの後、抜かずの5ラウンドはやった、と思う。最後の方は、もう数えていなかったので、実際何回やったかは定かではない。朝になり、その日も夕方からバイトが入っていることに気付いて、カリームは、着替る為に寮に戻った。玄関で軽くキスをされ、あとで会いましょう、と言って帰っていった。

それにしても、この腰の痛さ。これで今日、バイトがあるなんて、地獄だ。次はちゃんとカリームに言おう。翌日バイトの日は、やりすぎない事、って。

次、と言う言葉に、疑問が浮かぶ。次がある想定。それって。

「おはようございます、サクラさん。」

後ろから突然、声を掛けられ、驚いて仰け反った。途端に腰に痛みが走る。

カリーム、なんか肌艶良くないか。笑顔も、いつもより眩しい。

俺は腰を押さえて、挨拶した。

「お、はようカリーム。」

「サクラさん」

顔を近付ける。

「ごめんなさい、昨日は、張り切りました。反省です。」

耳元で囁かれる。

「次は、サクラさん、僕にして下さい。昨日のサクラさん、気持ちよさそうでした。僕も、サクラさんに、されてみたいです。サクラさんの初めて、僕が全部、欲しいです。」

真っ赤になって耳を押さえると、カリームはニヤッと悪戯っぽく笑った。

肌の色とは対照的な白い歯が、チラリと覗いた。