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水晶にとって、美しさとはなんなのか、と問えば、恐らく煌めくもの、と応えるであろう。

それは決して水晶自身の事を言っている訳ではなく、寧ろ水晶は自分を煌めくものとは思っていない。透き通るような美しさ、とは言われ慣れているが、煌めくものといえば、例えば瑪瑙や翡翠の瞳、紅玉の唇、黒曜の髪、瑠璃の痣、それらが水晶にとっては美しいものだった。

その中でも一等美しいと感じたのは、琥珀のそばかすと茶色の瞳であった。

水晶にとっては、それは縁遠いものであったし、しかしそれが醜いかと言われると、違う。琥珀はそれすらも美しさに変えているのだ。

その為、水晶は琥珀が自身を醜いと思っているのが、不思議でならなかった。どうやら近頃は自分を好きになる努力をしているようだが、それでも琥珀は水晶を見る度、「君は綺麗だね」と言う。水晶には琥珀の方が、自分よりも美しく思えた。

屋敷の中を走り回ったが、琥珀の姿は無く、はて何処だろうと考えて、皆に尋ねてみると、森の奥へ行ったよ、と返ってきたので、もしかしたら奥の湖にいるかもしれぬとそこへ駆けて行った。

湖の前で、座り込んでいる琥珀の背中を見付け、水晶はそっと近寄る。何をしているのか、覗いてみると、琥珀は水に映った自分の顔を見て、深い溜息を吐いた。

「どうしたの?」

後ろから声を掛けられ、驚いた琥珀は湖に落ちそうになったが、寸手のところを水晶は腕を掴み、引っ張り上げてくれた。

肩で息をしながら、驚かさないでよ、と文句を言うが、水晶には全く効いておらず、何してたの、と問うばかりのこの美しい少年は、自分の事など気にも留めていないのだろうか、と琥珀は思った。

「自分を見てた。」

何故、と不思議な顔をして覗き込む水晶から目を逸らし、離れてよ、と言えば、僕は君の側にいたいよ、などと言うものだから、琥珀は再び溜息を吐いて、目の前にいる水晶の胸に寄り掛かる。

「君は、そうやって直ぐに僕を追い詰める。」

「追い詰めてないよ。」

君を見たいだけさ、そう言って水晶は琥珀の顎をくいと持ち上げ、優しく口付けた。

ゆっくりと離れていく水晶の唇の感触を残しながら、琥珀は三度目の溜息を吐く。君には分からないよね、と小さな声で溢すと、水晶は首を傾げた。

「さっきから、どうしたのさ。」

覗き込む水晶の瞳は薄く青く輝いていて、その純粋な美しさに吸い込まれそうになるのを琥珀は必死に堪え、水晶を掴む手に力を込めた。

「君に僕の気持ちが分かるもんか。」

その言葉を聞いた水晶は目を丸くした後、琥珀の後ろ髪をぐいと掴み、驚く琥珀の瞳に舌を這わせ、眼球をべろりと舐め上げた。痛くて堪らず、琥珀は涙を溢したが、それでも水晶の舌は離れる事はなく、尚も琥珀の目玉をくり抜くのではないかと思うほどに舐め続ける。痛みがだんだんと快感に変わっていき、琥珀は脚を震わせ、力が抜け、水晶に身を委ねた。あ、と嬌声が上がったのを見計らった水晶は、ぽたりと落ちる涙を舌で掬った。

「琥珀は、綺麗だよ。」

閉じた瞳の瞼にそっと口付けた水晶は、琥珀に愛を謳う。

「僕の、友達。一等大切な人だ。好きだよ。」

友達に果たしてここまでするのだろうか。琥珀には分からなかったが、水晶の愛情表現は恐らく特別なのだろう、と納得するに至った。

赤くなった目を優しく擦る水晶は、琥珀を友達としてではなく、それ以上の存在として見ているのは、側から見ても分かるくらいの距離感だった。

水晶に、友達と呼べる者はいない。琥珀は、水晶にとっての唯一無二なのだ。その為、水晶は琥珀を手放したくなかったし、他の誰にも触らせたくはなかった。琥珀が他の少年と話していれば、腹の奥がぐつぐつと煮えたぎる様な思いであったし、琥珀が自分に笑いかければ、胸がきゅうと締め付けられ、今すぐ琥珀を抱き締めたい衝動に駆られる。独占欲、という言葉を水晶はまだ知らなかった。

「僕にしたら、琥珀の方が羨ましいよ。」

何が、と問えば、全てがさ、と返ってくる。

「僕は琥珀みたいに、皆と仲良く出来ないもの。」

「そんな事、」

言いかけて、白く大きな掌で口を塞がれた。

「琥珀は、誰にでも優しい。皆とよくお喋りしてるの、僕は知ってるよ。妬いちゃうな。」

塞いでいる掌越しに口付け、水晶はふふと笑う。耳許に口を寄せ、その鳥の囀りのような声で囁いた。

「琥珀が、僕だけのものになったらいいのに。」

そう言って、耳を食む。ぞくり、と琥珀の背筋になんとも言えない感覚が押し寄せた。びりびりとして、雷にでも打たれたような、痛みに近いものだった。耳の穴に舌をつぽつぽと出し入れされると、琥珀は真っ赤になって震え、後ろに倒れそうになったのを水晶が支えた。

「水晶、や、」

「嫌なだけ?」

水晶のシャツを握ると、耳の裏をべろりと舐め、頸に口付けを落とし、歯を立てる。

「僕の事、少しは好きでいてくれる?」

赤い顔を隠すように俯いたままの琥珀に尋ねるが、琥珀は今までにない感覚にどうしたらいいのか分からず、震えるのみで、水晶の問いには応えない。水晶は、琥珀のシャツを捲り、背中を撫で、背骨から肩甲骨まで、ゆっくりと指で骨を数えるように触れる。その度に琥珀は、びくりと反る身体に、これ以上されたら自分はどうなってしまうのだろうという不安と、快感に恐れ慄いた。

「ねえ、琥珀。僕の事、好き?」

必死に快楽に堪える琥珀を見下ろし、水晶は好き勝手に身体を弄る。背中を撫でていた手は、知らない内に脇腹、胸へと移動していた。柔く爪で引っ掻くと、琥珀は思わず喘いでしまう。自分でも聞いた事のない甘い声に、琥珀は驚き、涙で滲む目で水晶を見上げた。

「可愛い琥珀。僕のものになってよ。」

小さく首を縦に振ると、水晶はふ、と笑って琥珀の首許に顔を埋めた。

「嬉しいな。」

琥珀の鎖骨を甘噛みし、自分のものであるという印を残す。

「君は、僕だけの琥珀だ。」

金様と銀様には内緒だよ、と囁く水晶の声は、どこか嬉しそうだった。

 

それからと言うもの、水晶は銀の目を盗み、よく琥珀の元へ赴くようになった。仕事中は勿論、食事の際は必ず隣に座り、少年たちは皆一人部屋のはずなのに「眠れないから」と理由を付けては琥珀の部屋に来て、ベッドに潜り込み、琥珀を抱き締め時には身体を撫で、口付けを繰り返す夜を過ごした。他の少年が琥珀と二人で話そうものなら、直ぐに駆けつけ、割って入る。琥珀はだんだんそれが鬱陶しくなってきていた。

しかし、それを水晶に言おうものなら、

「君は僕だけの琥珀だ。僕の側にいて、僕と過ごすのが当たり前だろう?それとも、琥珀は僕の事が嫌い?」

と目を潤ませて言うものだから、琥珀は仕方なくそれを許すしかなかった。

「ちょっと、可笑しいと思う。」

皿洗いをしている時だった。紅玉は皿を拭きながら、琥珀に言った。水晶は金に連れられ街へ行っている。銀への贈り物を選ぶ為に、水晶を連れ出した様だ。

「いくら友達でも、そんな事はしないよ。水晶は、やっぱり変な奴だ。琥珀、そんな奴には関わらない方が良いよ。」

赤い唇から発せられたのは、方便でも馬鹿にした言葉でもなく、琥珀を心配しての台詞だったが、琥珀は溜息を吐き、それが出来たらここまで放ってないよ、と呟いた。

琥珀は優しすぎる、と皆口を揃えて言う。最後に来た少年だからって、気を遣いすぎだと。しかし、琥珀にとって人に嫌われたり、蔑まれたりするのは大層嫌な事であったし、自分が少しでも我慢すれば平穏が保たれると言うならば、琥珀は黙って耐え忍ぶ。そういう子供時代を過ごしてきた。

「黒曜と瑠璃も、よく手を繋いでいるよ。翡翠と瑪瑙も。」

「彼らは、好き同士だから。」

友達とは違うよ、と紅玉は言う。

「翡翠と瑪瑙はまだ小さいから、お互いを兄弟みたいに思っているけど、瑠璃は黒曜に好きって言ったらしいからね。友達とは、また違う。でも、それはちゃんとお互いに気持ちを打ち明けているから、良いんだよ。水晶は君の事を友達、という割には、話を聞く限りそれ以上の事をしている。」

琥珀は水晶が好きかい、と尋ねられ、首を縦に振ると、それは友達以上かい、と聞かれ、考えてしまった。

水晶の事は好きだが、それ以上の存在かと言われると、果たしてどうなのだろうか。琥珀にとって水晶は、美しいと見惚れる存在ではあるが、水晶の様に相手に固執し、執着するほど好いている、という気持ちかは分からない。

「水晶の言う友達、は違うものだよ。琥珀、腹を括った方がいい。」

いつかもっと大変な事をされるかもしれないからね、と赤い唇で笑う紅玉の言葉に、息が止まりそうになった琥珀であった。

 

その日の夜も、水晶は琥珀の部屋へとやってきて、ベッドに潜り込んだ。昼間共にいられなかった分を補うかのように琥珀を求め、背後から抱き付き、首に顔を埋め琥珀の香りを嗅いだ。耳許で聞こえる水晶の息遣いに、琥珀は眠れず、とうとう水晶の身体を押し、離れて、と起き上がった。

それに驚き、琥珀をじっと見詰める水晶は、僕が嫌なの、と月明かりに照らされる瞳を滲ませながら、琥珀に問うた。

「嫌と言うか、ちょっと変だよ。最近の水晶は。友達とはこんな事はしない。」

「友達じゃなければ、いいの。」

そう言うが早いか、水晶は琥珀の肩を掴み押し倒し、上に跨って琥珀のネグリジェを捲り、胸元に吸い付いた。何が起こったのか分からず、琥珀は必死に水晶の頭を掴んで離そうとするが、水晶は頑なに動かず、琥珀の身体を舐め回す。

「水晶、やめ、」

その言葉を、水晶の唇が塞いだ。舌を器用に動かし、琥珀の口腔内を責める。琥珀の体液を求めるかのように吸い付いて、その快感に力が抜けていく。

「好きだよ。」

僅かに離れた口から、銀の糸が引く。

「琥珀と一緒にいたい。もっと触りたい。琥珀には、僕だけを見て欲しい。」

首筋に噛み付き、痕を残す。滲む血を舐め、水晶の唇は赤くてらてらと光る。

「金様と銀様は、十七の時に身体を重ねたんだって。僕らも、そうしよう。」

「重ねる?」

「僕を琥珀の中に、入れてよ。」

下腹部を撫でられ、きゅうと切なくなるそこを指差し、ここに僕を受け入れて、と水晶は再び口付けた。琥珀は水晶の昼間とは違うぎらりとした瞳に恐ろしくなり、涙を浮かべる。それをそっと舐め掬い、琥珀の全てが欲しいよ、と水晶は琥珀の頬を撫で、愛してる、と囁いた。

これは、自分の知っている水晶ではない。

琥珀はなんとか力を振り絞り、水晶を蹴り飛ばすと、部屋を飛び出し、森へと向かった。