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翡翠と瑪瑙は、よく二人でいることが多い。一番年下、と言うのもあるが、見た目がよく似ている。金色の髪に、美しい瞳。後ろ姿だけなら見分けがつかない。金と街を歩けば、可愛い兄弟ね、と声を掛けられる。双子かしら、と聞かれることも多い。本人達はそれを面白がって、大きな声で、はい、と返事をするのであった。

「僕達、そんなに似てるかな。」

なんて、唐突に翡翠に問われた琥珀は、二人を見比べうんうんと唸った。確かに似てはいるが、琥珀には全く違う子供に見えた。瞳の色だけではない。瑪瑙の方が随分幼く思える。琥珀同様、瑪瑙はこの屋敷に来てまだ日が浅い。そのせいか、知らない事も多かったし、ころころと変わる表情は、落ち着いた雰囲気を漂わせる翡翠とは異なっていた。

「琥珀は僕らの違いがちゃんと分かるんだね。」

「分かるって言うか、君達を似ていると思った事がないよ。僕には、全く違う二人に見える。」

そうかあ、なんてつまらなそうに翡翠が言うものだから、瑪瑙はそんな事ないよ、と翡翠の身体にくっ付いた。

「翡翠みたいなお兄ちゃんが、欲しかったんだ。」

へへへと笑う瑪瑙は、本当に愛らしい。そんな瑪瑙の髪をくしゃりと撫でて、嬉しそうに翡翠は笑顔を向ける。

翡翠は、年の割に面倒見が良い。周りをよく見ているし、人を観察させたら敵う者はいないだろう。

ある時、翡翠と瑪瑙は銀に呼ばれ、部屋へと向かった。二人揃って呼ばれる事は珍しくなかったし、人形の様な二人を銀はよく着飾って遊んでいたので、またそれだろうと思っていた。

金と銀の部屋へ入ると、金が出迎えてくれ、銀は窓際の椅子に太陽を背に座っていた。影になっていても、火傷に似合わぬ優しい笑顔がよく分かる。よく来たね、と言う銀の手元を見て、翡翠は震えた。

左手には血いさな木の箱、右手には、長い針を持っている。

「ああ、これかい?」

これはね、君達にだよ、と木箱をぱかりと開けると、石の付いたピアスが二つ。そして、針。いくら鈍くとも、これからされる事が想像つくだろう。

痛くないからね、と針を消毒し始めた銀を見て、翡翠は後退りをする。いくらこの方をお慕いしていても、耳に穴を開けられるなんてとんでもない。どうにか言い逃れできないか、と思案していると、突然、背後で瑪瑙が大きな声を上げ泣き出した。

側にいた金が駆け寄り、瑪瑙の頭を撫でる。強く抱きしめ、背中を摩るが、瑪瑙は首を横に振るばかりで泣き止む事はない。金は銀に目配せをし、針を仕舞う様促した。銀も慌てて針を棚に押し込むと、瑪瑙の側に寄る。

翡翠は、分かっていた。瑪瑙がピアスを嫌がる理由は、恐らく自分と同じである、と。

「金様、銀様。」

泣き続ける瑪瑙の代わりに、翡翠が声を掛けた。

「僕も瑪瑙も、銀様が服を着せてきださったり、金様に遊んでいただくのはとても嬉しいです。でも、ピアスだけは駄目なんです。理由をご存知ですか?」

金と銀は顔を見合わせ、翡翠の言葉を待つ。

翡翠は目を閉じ、ふうと息を吐くと、昔を思い出しながら話してくれた。

「瑪瑙の事は、身売りから助けてくださった、と金様は仰ってましたよね。僕の場合は、孤児院で。ですが、恐らく瑪瑙も同じ目に遭っているかと思います。僕らのような瞳を持つ者は、美しいと言う理由からピアスを開けられるんです。恐らく、所有物の意味で。瑪瑙も大人にそうされかけた事があるのでしょう。僕は、孤児院の所長に、されました。まだ、穴は塞がっていません。」

耳許の髪をかき揚げ、左の耳朶を見せる。確かに翡翠の耳には、はっきりと分かるくらいの穴が空いていた。

「瞳のせいか、僕は孤児院では大人達によく身体を触られたり、それ以上の事もされました。その中でも所長は、大層僕を気に入っていて、自分の物だと言う証として僕にピアスを開けました。今でも覚えています。お二人の様に、優しくはなかった。嫌がる僕を無視して、無理やり開けた穴は、数日熱を持って化膿して、酷い痛みをベッドで耐えました。お二人の事は大好きです。ただ、ピアスだけは、本当に、駄目なんです。」

お願いします、と頭を下げる翡翠。落ち着いてきたのか、時折しゃくり上げながら、抱きしめる金の顔を覗き込んだ瑪瑙。

「金様、あのね、僕はお父さんとお母さんに、色んな人の家に連れて行かれました。そこでたくさん気持ち悪い事をされました。僕を買い取りたいと言った汗臭いおじさんは、僕の耳朶を引っ張って、無理やり穴を開けようとしました。怖かった。だから、僕は、ピアスは嫌です。」

「ごめんよ。」

そう言って優しく瑪瑙の頭を撫でた金は、翡翠と瑪瑙が今まで出会った大人とは違った。

金は先日街に行った際、綺麗なピアスを手に入れたが、色違いで、はてどうしたものかと思いあぐねていた時に、翡翠と瑪瑙がお揃いでつけたら大層可愛らしいのではないだろうかと思った。それを銀に提案すると、大喜びして、あの子達がまた可愛くなってしまうね、と嬉しそうに言った。

金と銀は、この少年達にそんな過去があるなど知らなかったのだ。ただ、愛らしさを際立たせる装飾品として、ピアスを選んだに過ぎない。悪気など、一切ない。それは、翡翠も瑪瑙も分かっている。責めるべきは、今まで二人にその様な行いをしてきた大人であって、金と銀には感謝している。

金は瑪瑙を、銀は翡翠を腕に包み、震える肩を優しく抱いてやった。

「言いたくない事を言わせてしまったね。」

僕がやり過ぎてしまったよ、と銀は翡翠に謝ると、翡翠は首を横に振り、言わなかった僕も悪いです、と応えた。

「銀様。」

落ち着いてきたらしい瑪瑙は、金の腕から離れ、銀に近寄る。

「そのピアス、どうするの?」

「こんなものは、捨ててしまおうか。」

にこりと笑って瑪瑙の頭を撫でる銀は、そう言うと、木箱を屑籠に放り投げた。しかし、瑪瑙は屑籠に駆けて行き、木箱を拾い上げると、蓋を開け、石を見る。

「綺麗な石。」

「翡翠と、瑪瑙だよ。」

金は立ち上がって、瑪瑙の方を叩く。

「お前達の名前の石だ。」

薄い緑の翡翠と、赤や茶色、黄や桃色が混ざった美しい石。二人の瞳と、同じ色をしていた。

「金様、銀様。」

瑪瑙はその美しい瞳を虹色に変えて、二人に提案する。

「これ、僕欲しいです。」

「しかし、ピアスは嫌だろう?」

「でも、綺麗な石です。」

僕達の為に買ってきてくれたんですよね、と瑪瑙は金を見る。金は笑顔で瑪瑙の顔を覗き込むと、耳まで真っ赤になって宝物にしたいです、と言う。金と銀は顔を見合わせ、ふむと顎に手をつけて考えた。

「では、作り直そうか。」

「チョーカーとか、いいかもね。」

瑪瑙はぱあと顔を明るく輝かせ、その瞳は黄色く変わり、それは嬉しそうにやったあ、と木箱を高く持ち上げた。翡翠はそれを見て、安心した様に息を吐いた。

 

数日後、お揃いのチョーカーを付けて、琥珀の前に現れた翡翠と瑪瑙は、大層嬉しそうにそれを自慢した。素敵だね、と琥珀が褒めると、いいでしょ、でもあげないよ、と瑪瑙が言う。

「僕と翡翠の、二人だけの秘密のものだもの。」

秘密って、と問えば、教えてあげない、と笑う瑪瑙は以前よりも翡翠と共にいる事が多くなった。翡翠に尋ねてみると、それは僕らにしか分からない事だから、と返されるので、琥珀も問い詰めるのをやめた。

「人形みたいだね。」

とても可愛い、といつもなら憎まれ口を叩く紅玉も、その愛らしい二人の姿を褒めてくれたので、瑪瑙は嬉しくなって、翡翠の事をお兄ちゃん、とふざけて呼んでみると、何だい弟よ、と返されたのがまた楽しくて、暫く二人の間で兄弟ごっこが続いたのは言うまでもない。

「素敵な贈り物をしましたね。」

銀が風呂に入っている間に、水晶は椅子に腰掛けワインを飲んでいる金にそう告げた。

「翡翠も瑪瑙も、喜んでいます。」

僕にまで自慢してきましたよ、と言う水晶は、羨ましいと言うよりも何故だかほっとした様子だった。

「お前だけが、特別じゃあない。皆、それぞれ大切な俺達の子供だからな。」

無くなったワインを注ぎ足しながら金が応えると、銀の寝巻きを畳み終えた水晶は、金の側に寄ってその足許にちょこんと座る。

「贈り物とは、そんなに嬉しいものでしょうか。」

「お前は、嬉しくなかったか?」

水晶は、銀によく装飾品を与えられているが、その場では礼を述べても普段からそれを身に付けることはなかった。金にも服を買い与えられてはいたが、他の少年たちと同様のシャツとズボンを身に纏い、洒落た格好を好んでする事もなかった。

「嬉しいですよ。ただ、金様と銀様に与えられるものは、僕には似合わないので。」

「そんな事はないだろう。」

「似合いませんよ。」

煌びやかな宝飾品も、ひらひらの服も、水晶なら着こなせる筈だ。しかし、水晶はそれが嫌だった。男である以上、そんな物を身に付けてまで気を引きたくなかった。

しかし、チョーカーに喜んでいる翡翠と瑪瑙を見て、思った事がある。

僕も贈り物をしたら、好きになってもらえるでしょうか。」

「それは、その人次第だ。」

金は決して詮索しなかった。水晶の年頃なら、好意を寄せる相手の一人や二人、いて当然だろう。それを問い詰めてまで聞くほど、金は野暮ではない。思い当たる相手はいたが、口にはしなかった。

自分の持つ宝飾品を思い出しながら、あれなら、いや違う、あっちなら、きっと琥珀の茶色い瞳に映えるはずだ、と水晶は考えた。

 

翌日、水晶は門前の掃き掃除をしている琥珀を見付け、後ろから声を掛けると、びくりと肩を震わせた後、振り返って、なんだ君か、とほっとして箒を置いた。

「ねえ、琥珀。」

琥珀のそばかすの顔を覗き込みながら、水晶は目の前に金色に光るものを差し出した。

「これ、あげる。」

え、と困る琥珀をよそに、いいから、と水晶はそれを押し付け、去っていった。握られた手を開いてみると、ブレスレットだった。真ん中に蛍石が埋め込まれている、大層美しい物であった。

そっと腕に嵌めてみると、日焼けした肌と良く合って、貧相な細い腕がまるで美少年のものの様に思えた。

水晶は、たくさん考えてくれたんだろうな、と思うとそれが嬉しいと同時に、胸が締め付けられる様な感情に襲われる。

その感情が何か、琥珀にはまだ分からなかった。