人を食べると言う事は、ぼくにとっては当たり前だった。

きっかけは、なんだったっけ。ああ、そうだ。お父さんとお母さんが喧嘩をして、お父さんの姿が見えなくなったんだ。その日の夕食は、たくさんのお肉が入ったシチューだった。ほろほろで柔らかく煮込まれたお肉は、それはもう美味しくて、ぼくはおかわりまでして平らげた。お母さんはそんなぼくを見てニコニコ笑っていたけれど、シチューには手をつけなかった。

それがお父さんだと知ったのは、次の日幼稚園から帰ってきて、庭で遊んでいるときに、ボールが裏側まで転がっちゃって取りに行くと、お父さんの頭が転がっていたんだ。でも、不思議と気持ち悪くはなかった。ぼくはボールの代わりにお父さんの頭を持って、庭でサッカーをした。お父さんはぶよぶよして蹴りにくかったけれど、顔目掛けて蹴っ飛ばすと大きく跳ねて、塀にバウンドして戻ってきたのがとても面白くて、ぼくは何度もお父さんを蹴った。

それを見てお母さんは、「良いボールを見つけたわね」と嬉しそうに笑ったんだ。

その日から、ぼくの家の夕食にはよくお肉が出るようになった。お母さんは夕方になると「買い物に行ってくるわね」とぼくを残して出掛けて、帰ってきたら大きなビニール袋を抱えていて、「今夜のお肉はとっても良いものよ」とか「今日はあんまり美味しくないかも。ちょっと硬いわね」と台所で色んな人のお肉をごんごんと叩いては美味しく料理してくれた。

だから、ぼくが友達を「食べたい」と思うのは、自然な事だったんだ。

ある日、仲良しの親友が家に来て、言った。

「お前んち、なんか生臭いな。」

ずっと住んでいるぼくには分からなかった。でも、その鼻をつまんで顔をしかめている姿が何だか色っぽいような、不思議な感じがして、ぼくは思わず舌なめずりをしてしまう。「なんだよ」と言う親友に、「なんでもないよ」と誤魔化して、部屋に案内する。床に座って一緒に宿題をした。暑い夏の日。滴る汗がノートにぽたりと落ちる。勿体なく感じて、ぼくは彼の頬をべろりと舐めた。びっくりしていたけど、「お前ならいいよ」と顔を真っ赤にして言うものだから、許可をもらったぼくは彼の身体を隅々まで舐め回した。唇、首筋、腋、腹、性器まで。気持ちがいいのか甘ったるい声を出す彼の唇を自分の唇で塞いだ。銀の糸が引く。それからもう一度性器を口に含むと、彼はぼくの頭を掴んで気持ち良さそうに声を上げた。ここはあんまり美味しくないなあと考えていると、彼は白い液体をぷしゃりと吹き付けて、ぼくの喉を潤してくれたんだ。ごめんと何度も謝る彼の液体を飲み下すと、少し苦いけれどまとわりつく粘り気が癖になって、今まで食べた事のない味がした。

お父さんとも、お母さんが持って帰ってきたものとも違う。

「美味しいよ」と言うと、真っ赤になってぼくの胸をぽかぽかと殴る彼。もっとしていいよと言う言葉の意味が分からず、ああ、きっと食べていいって事だと思ったぼくは、もう一度彼の首筋を舐め上げると、その喉元に歯を立て、思い切り噛み付いた。今度は赤い液体が噴き出して、ガクガクと震える彼は、声が出ない代わりにぼくが噛んだ喉からひゅうと息を漏らしていた。

お母さんみたいに料理は出来ないし、きっと新鮮だから大丈夫だろうとぼくはそのまま彼を食べた。とても美味しかった。

「これからはぼくがお肉を持ってくるよ」と言ったら、お母さんは嬉しそうにぼくを抱きしめた。美味しいお肉が、見つかるといいなあ。