殺し屋×デモリーダー
「楽しかったよ、有難う。」
銃口を突きつけられながら、男は言う。
頭部から滴る血を舐め、その表情は穏やかだ。
「イーサン、お前は良い男だ。俺には勿体なかった。」
目を閉じ、俺の銃に額を当てる。寄り掛かり、身を委ねるように。
俺は震える手を抑えるように、男に言った。
「さようなら、ジェイク。」
依頼を受けたのは、2ヶ月前。
あるテロリストグループのリーダーを殺す様、上から言われた。
テロリストといっても、過激派デモグループの様なもので、余程の事がない限り、人を殺す様な連中ではなかった。
しかし、上からの命令には、黙って従うのが、殺し屋である俺の仕事だ。報酬の金額に心も揺れた俺は、それを受ける事にした。
ジェイク・ワトソン
それが、リーダーの名前。
所在は分かっている。
俺は先ず、都市部の街外れのアパートに引越した。
荷ほどきを終え、一息つく為バルコニーに出た。もう夜だ。夏とは言え、夜風が涼しい。繁華街の明かりが遠くに見えた。100万ドルとは言えないが、良い夜景だ。
「新しいお隣さん?」
隣の部屋のバルコニーから、煙草の煙と共に声がした。ひょっこりと、顔を出したのは、無精髭を生やした、野暮ったい男。やあ、と手を上げて、挨拶された。
男の顔を見た俺は、鼓動が速くなる。
「すいません。今日越して来て。煩かったですかね。」
「全然。」
煙を吐きながら、男は言った。
「ジェイク・ワトソンだ。宜しく。お兄さん、名前は?」
「スミスです。」
その答えに、ジェイクは笑った。
「スミスって、ジョン・スミス?そんな名前、絶対偽名じゃん。」
「いえ、イーサン。イーサン・スミスです。」
ジェイクはへえ、と短く納得する返事をして、俺を見た。
「お兄さん、ハンサムだな。彼女連れて来ても良いけど、程々にしてくれよ。」
此処壁が薄いから、とジェイクは続けた。
「ワトソンさんは、普段家にいるんですか?」
「在宅の仕事だから。フリーのプログラマーやってる。あと、ジェイク、で良いよ。俺も、イーサンって呼ぶから。」
短くなった煙草を、バルコニーの柵に押し付けて、消した。
「イーサンは、仕事は?」
「俺も、基本在宅です。フリーでウェブデザインやってます。」
「じゃあ、此処から声掛けたら、仕事中の息抜きに付き合ってくれる?」
「はい、こちらこそ。」
笑顔を向けると、ジェイクはニヤリと笑った。その悪そうな笑みに、俺は思わず吹き出してしまう。
「ジェイク、貴方、笑い方、」
「ああ、俺の笑顔、良く怖いって言われるんだよ。」
「そうですね、何か企んでいる様な、そんな悪い顔、してました。」
「企んでる、か。」
ジェイクは小さな声で言った。
「まあ、企んでいるかもな。」
それから、またあの笑顔を向ける。
「これから宜しくな。」
隣同士を遮る壁越しに、手を差し出して来た。握手をすると、プログラマーとは思えないマメがあるのが分かった。
「宜しくお願いします。」
営業用の笑顔で、言った。
あの隣人こそが、今回のターゲットである。
中に戻り、壁に貼り付けられた地図と、現場の写真、それから隠し撮りされた複数のジェイクの写真を見た。その中の一枚、スーパーで買い物をしている写真を手に取る。
毎週木曜日、ジェイクはこの店で、1週間分の日用品と食品の買い出しに出掛ける。そこで話し掛けてみよう。
隣に越したのは、仲良くなってから油断させ、隙を見て殺す為だ。1ヶ月、いや、2週間もあれば、出来るだろう。
翌日、買い物中のジェイクと遭遇した。予定通りだ。
「奇遇だな。」
何も知らないジェイクは、手を振り近付いてきた。カートには大量の野菜や肉。
「料理、するんですね。」
「まあ、独りが長いからな。それなりには。」
見た目の割に、きちんとした生活をしている。意外だが、これも情報として知っていたので、然程驚かなかった。
「あんたは、飯作るの上手そうだな。」
俺のカートにはオリーブオイルとトマト、鶏肉。
「お洒落な料理だ。」
「どうせ、独りですから。あまり大量の買い物はしないんですよ。」
へえ、とジェイクは少し考えてから、言った。
「食いに行っても、良いか?」
これは好都合だ。二つ返事で了承し、その場を後にした。
夕方、ジェイクは俺の家に来た。一応、無精髭は剃ってきたようだ。隣なのだから、そう気にする事は無いだろう、と思ったのだが、彼なりに気を遣っているのだろう。
「綺麗にしてるなあ。同じアパートとは思えん。」
仕事の資料は全て隠した。部屋には、黒いソファとダイニングテーブルに椅子が二つ。テーブルの上には、鶏肉のソテーとトマトのカプレーゼ、マッシュポテト。
「まだ少し早いですけど、飲みますか?」
ワインボトルを見せる。
「お、良いね。」
完全に油断している。グラスを用意しながら、片方には薬を入れた。
「どうぞ。」
薬の入った方のワインを渡す。大丈夫。死にはしない。
ジェイクはワインをビールの様にあっという間に飲み干した。それを見て、思わず笑う。
「ワインはゆっくり飲むもんじゃあないんですか。」
「普段、酒はビールばっかりだから、良く分からん。」
「デートでお洒落なお店とか、行かないんですか?」
「デートねえ。」
空になったグラスを置いて、ジェイクは呟く。
「そんなもん、した事ねえよ。」
2杯、3杯とワインを飲む。
話を聞くと、ジェイクは今迄女性に縁が無かったらしい。学生時代は男子校で、大学、その後の就職の際も、迫られた事があるにはあるが、そんなグイグイ来る女性に恐怖を感じていたと言う。彼自身も、自分から積極的になるタイプでは無い。では、ゲイなのか、と問うと、それはまた違う、しかし、好きになるのには性別は関係無いらしい。
薬が効いてきたな、と俺は実感した。あの薬は、所謂自白剤の様な物だ。デモの計画を聞き出そうと、用意した。
「そう言えば、」
俺は話を切り出す。
「街の方では、なかなか過激なデモグループが、活動している様ですね。」
薬と酔いのせいで赤くなった顔のジェイク。簡単に喋りそうだ。
「そうだなあ。」
テーブルに突っ伏して、答えた。
「次は、市庁舎を狙う予定なんだけど、」
それがいつかを知りたい。黙って聞く。
「そんな事良いじゃん。関係無いよ。」
関係ある。早く吐け。
ジェイクはゆっくり立ち上がり、そのままソファに倒れ込んだ。
「イーサン。」
名前を呼ばれ、近付く。
「お前、本当にハンサムだなあ。」
頬に優しく触れ、そのままキスをされた。試しに舌を入れてみると、其れに応える様に口を開ける。
この勢いで、関係を持ってしまえば、殺す機会が増える。良い傾向だ。
そう思っていたが、ジェイクは突然顔を離して、そのまま寝てしまった。
流石の俺も、寝ている相手を襲う程野暮では無い。まだ、時間はある。それに、市庁舎を狙うと言う情報は手に入れた。今回はそれで充分だ。
寝室に入り、電話をする。
「次は市庁舎だ。」
「日時は。」
「それは、まだ。」
電話の相手は溜息を吐く。
「詳しい事をきちんと聞き出せ。」
仕事2日目で場所だけでも聞き出せたんだから、褒めてもらいたいくらいだ。しかし、俺の普段の仕事振りからしたら、少々足りないかもしれない。
「お前には、期待をしているんだ。早い事片付けろ。」
そう言い残し、切られた。
期待外れ、と言った所だろう。実績のある殺し屋、情報収集屋として生きてきた。年齢の割に、経験もある。それでも、落胆された時に感じる悔しさは変わらない。若いからと言って、舐められているのも否めない。舌打ちをして、電話を投げた。
「俺、昨日変な事しなかった?」
翌朝、酔いの覚めたジェイクは言った。記憶が無くて、と頭を掻く。特に何も、と笑顔で水を渡す。
「泊めてもらって、すまなかったな。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
言いながら、隣に座った。太腿に触れると、少し顔を赤らめた。
昨夜の発言からして、ジェイクは俺に気がある。詰め寄っていけば、案外あっさり仕事を終えられるかもしれない。
しかし、恋愛経験が無いせいなのか、折角触れた手を足を組んで退けた。此処で引き下がってたまるか、と俺も負けじと今度は身体をくっつける。
すると、ジェイクは咳払いをした。
「イーサン、迷惑かけたな。酒は強いはずなんだが。」
「相手によって弱くなる時もありますよ。」
耳に優しく触れると、ビクリと身体が反応する。面白くなってきた。
「例えば、気になる人と食事をした時とか、ね。」
この流れでいけるか、と背中に隠し持っているナイフを密かに確認する。しかし、ジェイクは俺の肩を掴んで引き剥がした。
「揶揄うのは、やめてくれ。」
俯いてはいるが、耳が赤い。
「俺、やっぱり昨日変な事、言ったか。」
「経験が無い、と言う話だけ。」
嘘ではない。
「恥ずかしい事ではないですよ。誰でも最初は緊張します。」
「そう言う事じゃなくて、」
理性を保つのに必死なのだろう。声が震えている。
「俺は、今、やらなければならない事があるから。だから、他の事に気を取られている場合じゃあないんだ。」
「俺には、それをお手伝い出来ませんか。」
「無理だ。」
案外はっきりと断られた。
「期日は明日なんだ。お前に迷惑をかけたくない。」
「仕事ですか?」
はっとして、口籠った。
「仕事...まあ、そんなもんだ...」
当たりだ。市庁舎を狙うのは明日か。
肩から手を離され、座り直した。明日までに殺せば、デモは起こらない。再びナイフに触れる。しかし、ジェイクは意外な事を言い出した。
「今、街で起きているテロというか、過激派のデモは、俺が発端なんだ。」
驚いた。脅さずとも自分から言い出すなんて。
「俺とあまり深い仲になると、お前の身に危険が及ぶかもしれない。」
「そう、なんですか。」
「だから、ただの隣人でいたいと思う。偶にバルコニーで話したり、そんな関係で充分だ。」
「食事くらいは、」
「いいや、何かあってからでは遅い。これきりだ。」
お前の真面目すぎる性格のせいで、こちらの計画が終わってしまっては困る。何の為に越してきたと思っている。予定通りとは行かないが、今此処で殺すか。
「イーサン。」
俺の方へ振り向いたジェイクは、心なしか瞳が潤んでいた。
「有難う。」
そう言って立ち上がり、出て行った。
有難う?何の事だ。食事をご馳走した事?部屋に泊めた事?1人で完結させるな。意味が分からない。背中のナイフを引き抜いて、床に投げた。
「くそっ。」
頭を抱えて考える。何故振り向いた時に刺さなかった。失敗した。この俺が。機会を逃した。ジェイクの瞳が頭に残る。後悔と罪悪感の残った、グレーの瞳。あの瞳のせいだ。
今迄、相手に対して情だとか、そう言うものは持った事は無い。俺に対して好意を持った相手も、簡単に裏切り、殺してきた。その俺が、一昨日初めて会話した程度の奴を一息に殺せないなんて。
寝室の電話が鳴った。重い足取りで向かう。
「やったか。」
「いや、まだ。」
「日時は。」
「明日、市庁舎を狙うと。それだけ。」
「情報を手に入れたなら、グズグズしないでさっさと殺せ。」
言われなくても分かっている。軽く舌打ちすると、聞こえていたようだ。
「こっちだって、前金を払ってやっているんだ。相手が誰であれ、やるのがお前の仕事だろう。ワトソンはテロリストと変わりない。殺したって、罪悪感なんて湧かないだろう。」
「分かってる。」
「女子供も殺してきただろう。今更情でも湧いたか。」
「そんなんじゃ、」
言いかけて、否定出来ない自分がいた。
「...時間をかけた方が、殺し甲斐があると思って。」
「時間は無い。早く始末しろ。」
切れた電話を持ったまま、その場に蹲った。
翌日の正午、市庁舎で爆弾騒ぎがあった。
事前情報のお陰か、死傷者は出なかったが、デモグループに対する恐怖心で、市民はパニックを起こした。俺への上からの圧力は日に日に強くなったが、行動に移せない自分に嫌気が差した。
「この間の騒ぎも、貴方の仕業なんですか。」
隣のバルコニーで煙草を吸うジェイクに、聞いた。紫煙を吐きながら、黙ったまま頷いた。
市庁舎の事件から、1ヶ月が過ぎた時だった。あれから、ジェイクとはバルコニーでしか話をしていない。買い物の時間もずらされ、誘っても決して部屋には来なかった。あの日が、唯一の機会だった事をひしひしと感じ、悔やむ日々を過ごしていた。鍵をこじ開け寝込みを襲えば済む事なのに、それすら出来ずにいた。
「何故ですか。」
ジェイクがデモグループを起ち上げた理由は知っている。しかし、彼自身の口から聞きたかった。
ジェイクは2本目の煙草に火を付けながら、ゆっくりと話し出した。
「俺の親は、大企業の社長だ。当然、俺も其処に就職した。跡取りとしてな。」
しかし、其処で目にしたのは、輝く表舞台とは違う、裏社会。脱税は勿論、政治家からの賄賂、若い女性社員へのセクハラを超えた性的加害。
「金と権力のある奴は、何をしてもそれで解決出来ちまう。泣き寝入りするのは被害者の方だ。それを、その世界を、変えたかった。」
黙って聞いている俺に、あの下手な笑顔を向けた。
「やりすぎたな、って思う事は良くあるさ。でも、それで誰かが声を上げている事を知られれば、俺はそれで良い。だから、」
壁越しに、俺の手に触れた。
「イーサン、お前がそんな顔、しなくて良いんだ。」
あの日以降、初めての温もり。その手を離したくなくて、強く握った。このままでは駄目だ、と俺の本能が叫び出す。機会を逃すな。絆されたら、俺も殺される。
「ジェイク。」
小さく、しかしはっきりと名を呼んだ。
「来月、1日だけ、俺に下さい。」
ジェイクは目を丸くして、何で、と問う。
「デートしましょう。」
その言葉に、頬を赤く染めた。タバコを吸いながら、手で口元を隠している。
「貴方の行きたい所、したい事、俺としませんか?」
「うん。」
これが、最後だ。これを逃したら、もう終わり。
「約束ですよ。」
翌月の週末。地下鉄の駅前で待ち合わせをした。隣なんだから一緒に行けば良いものをジェイクはわざわざ待ち合わせを選んだ。初めてのデートを大切にしたいと思ったらしい。
小綺麗な格好をしたジェイクは、普段よりも若く見えた。
「相変わらずハンサムだなあ。」
普段通りの格好のつもりだったが、ジェイクは俺の容姿を褒めた。
「何処に行くんですか?」
「ちょっと遠く。」
地下鉄で終点まで乗ると、海岸のある駅だ。その海岸沿いに、遊園地がある。其処が目的地だったようだ。思わず笑ってしまう。
「ちょっと、子供っぽかったかな。」
「いえ、可愛らしいです。」
遊園地なんて、俺も久しぶりだ。学生だった頃、良く来たな、と思い出す。
ジェットコースターや観覧車に一通り乗った後、ジェイクは目を輝かせて走った。
「あれ!やりたい!」
固定されたバズーカでボールを撃って、エイリアンを倒すと景品が貰えるゲームだ。何が貰えるのか、と景品を見ると、大きな熊のぬいぐるみ。
「あれ、取ってどうするんですか。」
「景品よりも、エイリアンを倒す事に意義がある。」
偉そうに言ったは良いが、時間内に撃てるボールは全て外れた。
「結構難しいな。」
「俺にやらせてください。」
スタートの合図と共に1発でエイリアンを倒すと、ジェイクは驚いていたが、ぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめた。
「凄いな、イーサン。スナイパーみたいだった。」
思わず本気になってしまった。気付かれただろうか、とジェイクを見ると、気にしているどころか、格好良かった、とぽつりと呟いた。ぬいぐるみで顔を隠しているが、耳が赤い。30を過ぎているにしては純粋過ぎて、こちらの方が照れてしまう。
空いている手を取って、引いた。驚いたジェイクは、赤い顔で俺を見る。
「可愛い顔、見せて下さいよ。今日はデートなんですから。」
ジェイクは再びぬいぐるみで顔を隠したが、俺はそれが面白くて揶揄いたくなる。
「恥ずかしいから。」
「何が恥ずかしいんですか?」
「イーサンが、」
だんだん小さくなる声。
「格好良くて。」
胸の奥が締め付けられる感覚。愛おしい。ぬいぐるみの影に隠れて、唇を重ねると、更に赤くなる。
「デートって、言いましたよね。」
「あ、うん。」
「じゃあ、顔は、」
「...隠さない。」
よしよし、と頭を撫でてやると、あの下手な笑顔とは違う、素直な顔で照れ笑いをした。
「そろそろ、お昼にしましょうか。」
食べ物が並んだエリアに行くと、昼時も過ぎていたせいか空いていた。ハンバーガーを買って、席に着く。ジェイクは隣にぬいぐるみを座らせ、辺りを見回した。
「良い光景だよな。」
ポテトを口に運びながら、ジェイクが言った。
「年齢も、性別も、肌の色も、金持ちも貧乏でも、皆楽しそうだ。」
躓いて転んだ子供の手から離れた風船を目で追う。
「平和って、大切なんだよ。皆が幸せに暮らせる世の中に、なれば良いのに。」
テロリストのような事をやっておきながら、平和を語るとは。しかし、ジェイクにとってのデモは、平等で公平な世の中にする為の警鐘なのかもしれない。
「誰かの幸せは、誰かが犠牲にならないと成り立たないんですよ。」
思わず反論してしまった。しかし、ジェイクは怒る事もなく、静かに言った。
「お前が俺を殺さなきゃ、お前が幸せになれない様に、か?」
肩が震えた。俺の目をじっと見つめ、言葉を待っている。気付かれていた。恐らく、初めから分かっていたのだ。それなのに、
「どうして、俺なんかに惚れたんですか。」
「同じ気がしたから。」
目を逸らして、ハンバーガーを頬張る。
「俺は、貴方と違って平和主義者でも何でもありません。」
「世の中が信用出来ない、って所がさ。」
「金を払ってくれれば、信用します。誰であろうと、命令は聞く。」
「命令を聞くのと、信頼してるのは、違うだろう。」
「何が違うんですか。」
「それが分からない内は、まだまだ子供だな。」
ジェイクから見れば、十も歳の離れた俺は子供かもしれない。それでも、沢山の事を経験してきたつもりだ。
「さて。」
食べ終えたジェイクは、ジュースを飲みながら立ち上がった。
「そろそろ行こうか。」
着いて行った先は、港の倉庫街だった。そのうちの一つに入る。
奥まで来て、足を止め、ジェイクは振り返った。
「お前が俺を殺さなきゃあ、お前が死ぬ。それなら俺は、殺されても良い。」
「何故、」
言いかけると、ジェイクはポケットから財布を取り出し、札を置いた。
「俺を殺せ。」
その言葉と同時に、落ちていた鉄パイプを拾い上げ、ジェイクを殴った。頭から血が吹き出す。それを手で拭いながら、ジェイクは言った。
「どうせ逃げても、他の奴が来る。それならお前に殺されたい。」
肩で息をしている俺を見る。
「愛してるから。」
もう一度殴ると、口から何かが飛んだ。どうやら歯が折れたらしい。ジェイクはその場に跪く。
「時間を掛けるな。イーサン、お前が辛くなるぞ。」
目頭が熱くなる。溢れた事のない涙が溢れた。
「銃、持ってるんだろ。左脚に。」
言葉通り、ズボンの下にはベルトで固定された銃を隠し持っていた。それを取り出す。手が震えた。
「プロだろう。しっかりしろ。」
ゆっくりと、ジェイクに銃口を向ける。
「楽しかったよ、有難う。」
銃口を突きつけられながら、ジェイクは言う。
頭部から滴る血を舐め、その表情は穏やかだ。
「イーサン、お前は良い男だ。俺には勿体なかった。」
目を閉じ、俺の銃に額を当てる。寄り掛かり、身を委ねるように。
俺は震える手を抑えるように、ジェイクに言った。
「さようなら。」
乾いた音が、倉庫内に響いた。
遺体に重りを付け、海に投げ捨て処理した。
報告すると、証拠を送れと言われ、倉庫に落ちていた歯を送った。
3日後、俺の口座には大金が振り込まれていた。
デモグループは、リーダーがいなくなった事により、消滅した。追悼として、ジェイクの名前を掲げて街を練り歩くデモグループの写真が、新聞に載った。
「あのテロみたいなデモグループ、全員自首したみたいだなあ。リーダーが死んだんだってよ。」
ガソリンを入れる為に寄った店の主人は、テレビを見ながら言った。
「やっぱり、殺されたのかね。身内で抗争でもあったのか。」
「どうでしょうね。」
新聞と熊のグミを買い、曖昧な返事をした。
「海で遺体が発見されたらしいですけど、損傷が酷かったようですね。」
「ポケットに入っていた身分証で、分かったらしいな。」
主人はテレビに夢中だ。お釣りを渡され、礼を言って車に戻った。
鍵を差し込み、エンジンを掛けて、助手席にグミを投げた。
「お、熊のグミ。」
「似てたから。」
後部座席に座っているぬいぐるみに目線を移し、それからグミを嬉しそうに開けるジェイクを見た。
「ちゃんと死んだ事になってるんだから、大人しくしていて下さいよ。」
「分かってる。」
口一杯にグミを頬張りながら、敬礼する。それを見て、思わず笑みが溢れた。
「俺、これからどうすれば良いの。」
「新しい身分証を貰いに行きます。俺も必要だし。」
いつも世話になってるんですよ、と偽造屋の話をすると、ジェイクは驚いてグミを落とした。
「イーサンって、偽名なの?」
「当たり前じゃないですか。」
「本名は?」
耳元で囁くと、ジェイクは吹き出した。
「何で笑うんですか。」
「だって、格好良すぎだろ、本名。そっちの方が偽名みたい。」
「そりゃ、どうも。」
車を走らせながら、何もない空を見る。
新しい門出を祝うかのような、綺麗な青空だ。隣には、愛しいジェイク、はグミを喉に詰まらせながらジュースを飲んでいる。本当の幸せを掴み取ったようで、この逃避行も新婚旅行の気分でワクワクした。
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