悪魔憑き×エクソシスト
【イザベラ視点 十年間の片思い】


 

先生と初めて会ったのは、十年前。俺が十二の時だ。生まれ付きの痣が悪魔の仕業だと知ったのは、女給を襲うようになってから。先生は、俺の痣を消す為に雇われた、悪魔祓いの専門家。

淫魔に取り憑かれている、と先生は言った。人の性欲を支配して女の身体に精を放って、悪魔の子を妊娠させる。先生は、それに気付くとうんうん唸って、俺に一つの提案をした。

 

先生と、毎晩セックスする。

 

痣の範囲が大きいから、何年かかるか分からない。それでも、先生はその日から毎晩俺に抱かれ、中に出されたものを掻き出しながら、君は悪くないよ、と言い続けた。

全部、悪魔のせい。俺がその内に先生に恋心を抱いたのも、悪魔のせいだと言った。十五の時に胸の内を話して、どれほど好きかと伝えたけれど、先生は笑って答えた。

「催淫作用で、恋をしている気持ちにさせるんだ。そうでなきゃ、正気に戻った時に好きでもない相手を抱いていたら気が狂ってしまうだろう。」

俺の気持ちは、嘘。そう告げられた気がして、胸の奥が締め付けられた。試しに街で声を掛けてきた女の子を避妊具を付けて抱いてみたけれど、先生の時ほど気持ち良くなんてなかったし、何より先生を想っているのと同じ気持ちなんて湧いてこなかった。

悪魔なんて、関係ない。俺は、先生が好きだ。

その日から、毎日、昼も夜も先生に会えば、好きだよ、と告げた。先生は困ったような、そんな笑い方をしながら、俺の頭を撫でる。先生に撫でられたくて、もっと俺を見て欲しくて、何度も好きという。その度に先生は困った笑顔を作る。俺が、年下だから。まだ子供だから。先生はどうしたらいいのか分からないのかもしれない。

十八になって、先生の背も追い越して、薔薇の花を一輪買って、先生の手にキスをしながら、俺はまた、先生に愛を謳った。相変わらず先生は困った顔をしていたけれど、ふと目があって、その時初めて口にキスをした。先生の腰に手を回して引き寄せると、俺と先生の間にある先生の手が、俺のシャツを強く握る。舌を入れてみたら、力が抜けて、その手は俺の首に回された。驚いて見開いていた目が、そっと閉じたことを確認して、俺も目を閉じて初めてのキスを味わった。

「イザベラ、」

離れた口から、甘い声で俺の名前が呼ばれる。それが嬉しくて、もう一度キスをする。今度は先生も舌を絡めてくれたけど、暫くするとぐいと肩を押され、剥がされてしまった。

「悪魔のせいだよ。」

口を袖口で拭きながら、先生は口癖のように言う。その顔は真っ赤で、いつもの困った顔とは違って、どちらかというと照れているような、可愛い顔をしていた。メガネの奥のグレーの瞳が揺らいでいて、なんだか俺には、先生が自分の気持ちを隠す為の言い訳をしているような気がしたんだ。

右腕の痣が、ずきりと痛んだ。きっと、悪魔も先生の事が好きなんだ。でも、俺のこの気持ちは悪魔のせいでも何でもないんだよ。

先生。どうしたら、俺は先生と愛し合えるのかな。

身体だけじゃなくて、心も繋がりたいなんて、我儘かな。

先生に渡した薔薇の花は、俺の瞳みたいに赤くて、先生に握られている薔薇に嫉妬してしまった。

 

今日は、先生に呼び出されて、昼間からカフェで会う事になっている。先生の方から、しかも街中で会うなんて、珍しい事だ。真新しいジャケットに着替えて、少しお洒落をする。昨日は、俺の二十二歳の誕生日だった。先生は、プレゼントにケーキを買ってくれた。先生の好きな、チーズケーキ。行為が終わった後に二人で食べたそれは、とても美味しかった。先生は、甘いものが好きなんだ。そうだ、カフェで二人でケーキを食べて、それから手を繋いで、市場に行こう。先生に、お礼に何か渡したい。いつも花ばかりだから、アクセサリーがいいかな。先生は冷え性だから、手袋もいいかもしれない。

いつも遅れてしまうので、早めに家を出た。

カフェの扉を開けると、ウェイトレスの女の子が俺に話し掛けてくる。それに気付いた店主が、大きな声で言った。

「イザベラ!先生なら奥にいるよ。」

小さなテーブルに珈琲が置かれた席。先生は少し俯きながら、俺を見る。

「先生!」

すぐさま駆け寄って、先生の前に座った。出会った頃よりも、少し歳をとった先生。でも、その色気は変わらない。黒い髪。白い肌。俺よりも細い身体。

「久しぶりの先生からのお誘いだったから、気合入れちまったよ。」

俺を見て、溜息を吐く先生。そっと手を撫でると、びくりと反応する。残る痣は、右手の甲のみ。それには催淫作用があるらしい。先生は顔を真っ赤にして、少し目を涙で滲ませながら、俺に言った。

「君の悪魔祓いも、もうじき終わる。それで私たちの関係は終わりだ。」

世界が足下から崩れていくような、そんな気持ちになった。

「先生。」

手を握ったまま、俺は震える声で先生の名前を呼んだ。

「俺は、先生が好きだよ。十年間ずっと。」

先生は、またあの困った顔をしながら、悪魔のせいだと言う。

どうしたら、先生にこの気持ちを分かってもらえるんだろう。その日の晩、先生を抱いたお陰で綺麗になった右手を見つめながら、考えに考えて、寝ている先生の鞄を漁って本で調べた。

先生。俺がまた悪魔に取り憑かれたら、ずっと一緒にいてくれるのかな。一枚のページを破って、そっとジャケットの懐に仕舞った。