5.

花が嫉妬深いことは薄々勘付いていた。私が会社の話をすればむくれるし、そんな事より自分を見ろ、と言った風にキスを強請ってくる。しかし、それが可愛らしいと思ったし、何よりまだ中学生だ。好きな相手が他の人間の話をする事にヤキモチを妬くくらい当たり前だろう、と思ってあまり気にも留めていなかった。

しかし、今回ばかりは私が悪かったのだろう。

その日、花が持って帰ってきたのは、頭部の無い、存分に痛めつけられた死体。かろうじて首にかかっていたネックレスで分かった。先日の見合い相手だと。

勿体無いので勿論美味しくいただいたが、今後は気をつけなければならない。

知り合いを殺す、というのはリスクがある。私が疑われては、困るのだ。人肉が食べられなくなるどころか、花を独りにしてしまう。この世にもう身内のいない花にとっては、私は唯一無二の存在であった。当然、私にとっても花は大切な存在だし、たった一人の甥っ子として、愛している。恋、と問われるとまた違うかもしれないが、私には花が愛おしくて堪らない。花の側を離れるなんて、考えただけでも悲しくなる。一人暮らしの頃は感じなかった感覚を花は満たしてくれるのだ。

 

「花。」

私の上に覆い被さり、後ろの穴に性器を挿入する花に、言葉を掛ける。

「ごめん、叔父さん。痛かった?」

「そうではない。大切な話がある。」

「今?」

「今、だ。」

花は残念そうに、私から自身のものを引き抜くと、ベッドの上で正座をし、私の言葉を待った。恐らく、分かっているのだろう。頭の良い子だから。

「今日の肉は、随分と柔らかく叩いてあったな。」

びくり、と花の肩が揺れる。下を向いて、目だけは私を見上げている。

「普段なら、あんなに叩いた肉を持っては来ないだろう。」

「美味しくなかった?」

「美味しかったとも。ただ、大分内臓も傷付いていたし、花にしては乱暴なことをしたな。」

「・・・叔父さん、怒ってる?」

「怒っては、いないよ」

花の頭を優しく撫でると、花は安心したようにふう、とひとつ息を吐いた。

「ただ、リスクの大きすぎることはするな。花と離れ離れになったら、私は寂しい。」

こくり、と小さく頷く。よしよし、と再び頭を撫でてやる。

「叔父さんは、俺がいないと、寂しいの?」

「寂しいとも。花がいない生活なんて、もう考えられないよ。」

顎をくいと持ち上げ、唇にキスを落とす。

「私は、花が大好きだよ。」

しかし、花の顔は少し曇っていた。いつもなら、好きと言えば笑顔になるのに、珍しい事だ。

「花?」

名前を呼ぶと、花は私の胸にそっと触れ、小さな声で呟いた。

「愛してるって、」

顔を上げ、私の目を見つめる。

「愛してるとは、言ってくれた事、ないよね。」

私を押し倒し、舌を絡めたキスをする。首筋に吸い付き、私の首にある黒子を噛む。

「花。どうした。」

「愛してるって、言ってよ。」

震える声で言った。涙がぽたりと、私の胸元に落ちる。

「他の誰よりも、俺は叔父さんを愛してるよ。叔父さんは、俺を好きなだけ?愛しては、くれないの?」

好きと愛の違いとはなんだ。私には、それが分からなかった。花のことは好きだ。しかし、花の望む愛と、私が花に向ける愛とは、果たして同じものなのだろうか。

間違えたら、恐らく花は、私を殺すだろう。しかし、それも良いかもしれないな、と思ってしまう。花になら、何をされても許してしまうだろう。可愛い私の甥っ子。

「愛しているよ。」

花を胸に抱きながら、私は囁く。

「大好きだ。愛している。私の花。」

花は、ひっくひっくとしゃくり上げながら、私の胸を涙で濡らす。

「ほ、んとに・・・?」

「嘘なんて、つかないよ。私の花。」

髪にキスをして、もう一度言う。

「愛してる。」

涙を拭い、腫れた目でへへ、と笑顔を見せた。花はやはり、笑顔が似合う。そのまま流れるようにキスをして、行為の続きを再開した。

 

翌日、仕事から帰宅すると、花が台所に立っていた。エプロンまで着けて、鍋で何やら煮込んでいる。

「あのね!良いことがあったんだ!」

学校帰りにコインロッカーの鍵を拾った花は、そのコインロッカーへと向かい、鍵を開けたそうだ。その中には、生まれたばかり、まだ臍の緒がついたままの新生児の死体があり、それを持ち帰ったと言う。

「赤ちゃんなんて、初めて食べるよ。美味しいのかなあ。」

私も子供は食べたことはあったが、新生児は初めてだ。良い匂いに釣られて、腹が鳴った。

もう少し待っててね、と言う花の言葉で、私は着替えに向かう。どうやら、昨日の言葉が相当効いている様だ。まるで新婚の嫁だな、と思わず笑みが溢れた。

着替えを済ませて居間へ戻ると、花がノートパソコンに向かっていた。臍の緒を持ったまま動かない。何事か、と思い画面を覗くと、メールが一通。それは、いつも肉の注文をしてくれる上客からのメールだった。エンターキーを押してメールを閉じると、花は我に返り、私を見上げた。

「ご、めんなさい。臍の緒の調理方法を調べようと思ったら、メールが入って、つい、」

「謝ることはない。客からの注文のメールだ。別にやましいものじゃない。」

「でも、」

花は臍の緒を台所に戻し、私に詰め寄った。

「何なの、あのメール。ただの注文メールにしては、おかしいよ。」

「何が、」

「貴方の捌いた肉を食べる喜び、とか、貴方の触れた肉を口に運ぶと自慰をしている感覚に陥ります、とか、まるでラブレターみたいじゃん!」

花の頬が膨れる。語気が強くなる。明らかに嫉妬しているようだ。私は相手にそんな気は無いのだが、こんなストーカー紛いのメールを送ってきたって客は客だ。肉を売ることだけに専念している。第一、会ったこともないのだ。何も言いようがない。

しかし。私はふと、考える。花なら、この問題を解決できるのではないだろうか。

息を一つ吐き、花の目をじっと見つめる。

「実はな、花。」

「うん。」

「私もほとほと、困り果てているんだ。いくら客とは言え、毎回注文の度にこんなメールを寄越してきて、気持ち悪くて堪らないんだよ。何か、解決策があれば良いんだが。」

「叔父さん、困ってるの?」

「ああ、困っているよ。私の花。」

「こいつから、メールが来なくなったら、嬉しい?」

「嬉しいとも、私の花。」

花は、メールに添付してある住所を書き留め、急いで玄関へ向かった。

「俺に任せて!叔父さんの為だもの!」

 

私が肉を処理をしていると、地下室で唯一の窓がコンコンと鳴った。目隠しを捲り上げ外を見ると、花が笑顔で手を振っていた。どうやら、荷物が重いようで、玄関のドアを開けて欲しい様だった。私は簡単に片付けをして、玄関へ向かう。扉を開けると、花が勢いよく飛びついてきた。

「ただいま、叔父さん!」

黒いTシャツはべっとりと濡れており、顔も点々と血で汚れていた。私は花の顔を自分のシャツで拭いながら、頭を撫でた。

「思ったより重くてさ、時間掛かっちゃった。」

よいしょ、と引きずるゴミ袋の中身は、随分と肥えた男の死体だった。こいつが、あのメールの主か。全く、なんて醜い奴に好かれていたのか、普段はあまり人の容姿にとやかく言う性格ではないが、自分に好意を持っていたとなると、別だ。おまけに、風呂に暫く入っていないのだろう、鼻が曲がる様な匂いがした。

「こんな奴が、叔父さんのこと好きなんて、許せないよ。」

死体を蹴り上げる花の頭を撫でて、落ち着かせる。花は、私の事となると、冷静さを失いがちだ。撫でられた花は、エヘヘと笑って私の胸に擦り寄る。猫の様だ。

「脂身が多そうだが、売り物にするか。」

花と二人で担いで、地下室へ運ぶ。吊るして首を切り落とし、血抜きをする。滴る血を見ながら、私は小さな声で呟いた。

「花は何故私なんかを好きになってくれたのだろう。」

聞こえないほど小さな声だった筈だが、椅子に座って鋸を拭いていた花は、私に近付き頬にキスをした。

「叔父さんの、全部が大好きだよ。」

「私に良い所なんて、一つもないだろう。」

「あるよ。いっぱいある。」

鋸を置いて、私を座らせる。花が私を見下ろす形になる。私の肩を掴み、目線を合わせて話し出した。

「叔父さんは、俺が虐待されてたの、本当は何とかしようとしてくれてたんでしょ。でも、出来なかった。仕方ないよ。あいつら、酷い親だったもん。でも、うちに来る度に俺の淹れたコーヒーが美味しいとか、俺の成績を見て褒めてくれたりとか、怪我の手当ての時に優しくそこにキスしてくれたりとか、俺、叔父さんの良い所、前から知ってたよ。本当は、とっても優しくて、繊細な人なんだって。」

唇が重なり、優しく耳を触れられ、今まで感じたことのない快感が背中を伝ってくる。

「ふ、う、」

「前から好きだった。ずっと、叔父さんの事、好きだったんだ。」

顔が熱い。花の触れた耳が、花の囁く声が、私を欲情させる。こんな感覚は初めてだ。動悸が止まらない。何故だ。今迄と、何が違う。

「花、」

「叔父さん、愛してる。ずっと、今迄も、これからも。叔父さんは俺だけの叔父さんだよ。」

私の頬を両手で挟み、ゆっくりと、唾液を絡めてキスをする。舌を捩じ込まれると、私の下半身に血が集まるのを感じた。今迄何度も、花とはキスをした。セックスもした。しかし、私自身がこんなに感じたのは初めてだ。花の服をぎゅっと掴み、身を任せる。頬から首筋に移動した手が、私の黒子をカリッと引っ掻いた。堪らず私の身体はびくりと跳ねる。

「花、な、んだか、変だ、おかしいんだ、」

「おかしくないよ。叔父さん。叔父さんも俺の事、愛してるって事だよ。」

「愛してる、ずっと、愛していた、しかし、こんな感覚は、知らないっ、」

「じゃあ、やっと自覚したんだね。恋だって。」

恋?私が?花に恋をしている?そんな、

「そんな馬鹿な、」

「馬鹿な事じゃないよ。俺も叔父さんに恋してるもの。」

「それは、花はまだ、中学生、だしっ、」

花は私の服を捲り、背中を摩る。

「中学生が本気の恋しちゃ、駄目?」

「あっ、」

胸の突起を舐め上げられると、思わず声が出る。必死で口を押さえたが、声は漏れる一方だ。今迄、性行為でこんなに感じた事があっただろうか。私にとって、そんなものはただの生理現象を抑えるための吐き出し口で、快感なんて無縁だった。私は人肉を捌いたり、食べたりする事でしか性的快感を感じることが出来ないのだと、そう思っていた。だから、こんなもの、私は知らない。花が、私の知らない私を暴いていく。気持ち良いよりも、純粋に恐ろしかった。

「花、やめっ、怖い、」

「怖くないよ。」

私のズボンに手を掛け、下半身を露わにする。そこにはすっかり勃ち上がった私のもの。先走りで後ろの穴まで濡れている。花は、その穴に指を挿入してぐちゅぐちゅと掻き混ぜる。

「怖い、こんなの、怖い、」

「大丈夫。叔父さん、気持ちよく、なろ?」

「いやだ、やめてくれ花、頼む、怖くて堪らない、」

「叔父さん、初めてだね。こんなに感じてるの。俺、とっても嬉しいよ。やっと叔父さんと繋がってるって感じ。」

花は私の身体を持ち上げ、自身のそれを私にあてがい、奥までずっ、と突っ込む。目の前に星が飛ぶ感覚。しかし、それよりも気持ちが良くて、私は自分から腰を振ってしまう。

「叔父さん、いつもより凄くエッチだね。いつもの余裕のある叔父さんと違って、可愛い。」

「いやだっ、花っ、私、は、」

「怖いんじゃないよ。これが、気持ち良いって事だよ。」

花に突かれる度に、優しい言葉を投げかけられる度に、穴が収縮してしまう。花の触れる所、声や仕草、全てが私の性感帯を刺激する。

こんなのは、知らない。経験したことがない。どうしたら良いのか、分からない。頭が働かず、押し寄せる快楽の波に身を委ねる。

「花っ、花っ、」

「叔父さん、愛してる。」

その言葉で、私の身体は痙攣し、呆気なくいってしまった。締まった穴に刺激され、花も私の中に吐精した。

「叔父さん。」

私の頭に触れようとした花の手を、振り払う。

「さ、わるな、まだ、おかしいからっ、」

花はそんな私の言葉に耳を傾けず、私の髪をさらりと撫でた。私の身体は再び震え、花に撫でられただけだというのに、精液は出なかったものの、果ててしまった。花はそんな私を見て、嬉しそうに笑う。

「やっと叔父さんが、俺だけのものになってくれたね。」

そうか。これが、花の言う愛と同等のものなのか。恐怖と快感は紙一重だと言うことを私は思い知らされた。

 

そんなことがあったお陰で、私は本当のセックスの恐ろしさと言うものが分かったし、心から愛する人との行為は何よりも快感だと言うことを知った。

 

その後の花と私の関係は変わったのかというと、そうでもない。相変わらず私は歳のせいで毎日あんな事は出来ないし、花の甘え癖は治らない。それは私が花を甘やかしているせいもあるのだろうが。

しかし、私にとって花は、本当に、唯一無二の存在になったと言えよう。

 

この子にならば、例え手足を切り取られ、食べられても良いと思えるくらいには、愛してしまったのだ。

私の花、は、愛しの花、へと変化したのは、まだ花には言っていない。いつか、言える日が来るだろうか。