4.

今日は珍しく、叔父さんがスーツを着ていた。いや、スーツ自体は珍しくはないのだけれど、いつもよりテカテカした高級なスーツに、シルクのネクタイ。会社に着て行く物とは全く違う。

「何処に行くの?」

そんな事、聞かなきゃよかったのに、香水までも纏っている叔父さんを見たら、聞きたくもなってしまう。

「見合いだ。」

叔父さんは、いつもと変わらない表情で答えた。俺は動揺して、顔から血の気が引いていくのが分かった。

 

お見合い?叔父さんが?誰と?結婚するの?そうしたら、俺はいらない子になるの?

 

聞きたいことが溢れ出してくるが、言葉にならない。ふるふると唇を震わせている俺に気付いた叔父さんは、優しく笑って俺の頭を撫でた。

「安心しろ。最初から断るつもりだ。会社の付き合いってやつだよ。」

「なら、どうして、」

なんとか絞り出した声で尋ねると、叔父さんはふう、と息を吐いた。

「上からどうしてもって言われてな。なんでも私の事が気になっているという女性が、別支店に居るらしくて、一度だけでも、と言われてしまったんだ。」

もう一度、今度は髪が乱れるくらいにくしゃくしゃと俺の頭を撫でる叔父さん。

「花がいるのに、結婚なんて、する訳ないだろう。」

そうして、額にキスをしてくれた。

 

叔父さんの言葉は嬉しかったけど、やっぱり安心なんてできない。なんて言ったって叔父さんには、常人にはない色気がある。それに気付かれたら、誰だって叔父さんを好きになるに決まっている。

心配で、こっそり後を付ける事にした。学校なんて行ってる場合じゃない。

タクシーに乗り込む時に、叔父さんは行き先を告げた。聞き耳を立てて、場所を調べた。そこはこの辺でも有名な高級な和風レストランだった。自転車で向かったので、少し遅れてしまったけれど、庭に忍び込んで様子を見る。幸い、叔父さんは庭に面した部屋で食事をしていた。向かいには、綺麗な女の人。三十代くらいだろうか。もう少し若いかも。叔父さんを見ながら、にこにこしている。

ああ、あの人、叔父さんの魅力に気付いている。時折ちらりと叔父さんの首元を見ているから、分かる。叔父さんは、首の下の方に黒子があるんだ。そこが、一番色っぽいところ。

叔父さんは、人の好意に鈍いから、そんなこと全く気にしていない。目の前に並べられた懐石料理を食べながら、時折返事をしているくらいだ。そんな素っ気無い態度を取られても、女の人は笑っている。

 

叔父さん。なんで気付かないんだよ。こんなの、嫌だよ。

 

腹の奥からくつくつと、なんとも言えない感情が湧き上がってくる。怒り、とは違う。恐らく、これが、嫉妬。

なんとかしなくちゃ。俺が、なんとかしなくちゃ。

 

その日は、叔父さんは会社に、俺は学校へ向かった。でも、学校は早退して、電車で少し遠くの駅へ向かった。

着いた時間帯は、丁度帰宅ラッシュ。駅前で、人を探す。大丈夫。顔を覚えるのは得意だもの。

改札から出てきた、白いスーツの女の人に声を掛ける。女の人は訝しげに俺を見たが、叔父さんの話をしたら、笑顔で受け入れてくれた。聞いてもいないことをベラベラと喋る。叔父さんのどんなところが好きか、どんなところが素敵か、魅力的か。

そんな事、あんたに言われなくたって分かっている。ありふれた言葉でしか表現しない女の人に、嫌気が刺した。一度食事をしたくらいで、叔父さんの何が分かるって言うんだ。おじさんの魅力は、あんたの紡ぐようなくだらない言葉でなんて、表せられない。もっと、言葉にならないくらいに、例えば俺が文学少年だったなら、本が一冊、いや二冊は書けるくらいに魅力的なんだ。

歩きながら話していたが、俺は突然うずくまる。女の人が心配そうに覗き込んだところを、後頭部を殴った。あっけなく気絶した女の人を担いで、下調べしてあった空き倉庫に運んだ。ジムで鍛えているなんて言っていたので、なかなか重かったけれど、男に比べたら大したことはなかった。こういう時に役に立たないんじゃあ、鍛えていたって意味がないね。

 

ペシペシと、女の人の顔を叩いた。起きてもらわなきゃ困る。

うーん、と唸りながら、女の人は目を覚ました。周りを見渡して、それから俺を見る。腕を縛っているので自由がきかない事、タオルを噛ませているので声が出ない事に気付き、何故、という目で俺を見る。

「困ったもんだよ。本当に。困った。」

俺は隠し持っていたナイフで女の人の髪を一房刈る。女の人は、びくり、と身体を逸らせて恐怖の色を目に宿した。スーッと頬に浅く傷を付けると、途端に震え出した。

身体をガクガク震わせながら、女の人は俺を見る。

「あんたのせいで、俺も叔父さんが困ってるんだ。」

女の人は、何が起きているのか、俺が何を言っているのか分からないようだった。必死に首を振って、何かを否定しようとしている。

「叔父さんは俺のものなんだよ。あんたみたいなぽっと出の女に、渡す訳ないじゃないか。」

目の前でナイフをべろりと舐めると、まるで化け物でも見ているかのような視線を寄越した。失礼だなあ。俺はいたいけな中学生なのに。

ナイフを女の人の喉元に当てると、猿轡にしているタオルの隙間から、ヒュッ、と息が漏れる。

「大丈夫だよ。」

俺は笑顔で、女の人に言った。

「喉を切ったりしないから。」

その言葉に、女の人は少し安心した顔をしたが、次の瞬間、声にならない悲鳴を上げた。まあタオルで口を押さえているから、声なんて出ないのだけれど。

ナイフは、女の人の太腿に深く刺さっていた。

「あんたはここ、少し硬そうだから、細かく切って柔らかくしてあげるね。」

そうして何度も、太腿を突き刺す。血が噴き出て、女の人の白いスーツと、俺のワイシャツを赤く染める。血を見ながら、ああ、やっぱり着替えてくればよかったなあ、制服が赤くなっちゃった、なんて考える。血は落ちにくいから、叔父さんに怒られてしまうかも。

力を入れて引き、太腿を切断した。柔らかくしたから簡単に切れた。骨が引っかかって完全に切断された訳ではないけれど、これでこの人はもう歩けないだろう。

「あは、あはは!」

恐怖で失禁している女の人。汚いけど、それが面白くて思わず笑ってしまう。大人でもお漏らしするんだ。可笑しい。

「今度は、こっち。」

そう言って、縛られている腕を持ち上げる。指には綺麗なネイルがしてあるが、こんなにごちゃごちゃした爪で、おじさんの世話をしようなんて甚だ無責任だ。爪を一枚一枚捲って剥がしていく。もう叫んでいる様子はない。どうやら、失神してしまったようだ。つまらないなあ。女の人の頬を叩いて起こそうとするけれど、一向に起きる気配はない。

仕方ないか、と思い直して手首を刺す。動脈に当たったのか、再び血が噴き出した。女の人のスーツは、まるで最初からその色だったかのように真っ赤になっている。

「あんたみたいなアバズレには、その色が似合うよ。」

聞いていないであろう女の人にそう吐き捨て、腹を刺した。

 

ゴミ袋を携えて帰宅すると、叔父さんは電話をしていた。どうやら、会社の人からで、女の人の居場所を知らないかと問われている様子だった。

電話を切って、俺に向き直ると、叔父さんは俺におかえり、と笑顔を見せてくれた。

「今日も何か持って帰ってきたのか?」

ゴミ袋を開けて、自慢気に中を見せる。

 

四肢と頭部の無い、女の人の死体。

 

叔父さんは少し顔を歪ませた。

「頭を切ってきちゃあ、駄目じゃないか。」

「ごめんなさい。でも、あまりに酷い顔だったんだもの。」

「食べるのに支障はないだろう。」

「吐き気がするくらい、酷かったんだよ。」

それなら仕方ない、と叔父さんは俺の頭を撫でた。

「まあ、まだ時間も経ってないようだし、吊るして血抜きをしよう。女性の肉は柔らかいから、すき焼きでもするか。」

やったあ!と喜ぶと、叔父さんはふふふと笑う。ああ、この笑顔が大好きだ。

 

叔父さん。ねえ叔父さん。

叔父さんは、俺以外の人のものになんて、ならないよね?

 

直接聞けない俺も、結構臆病者だな、と思う。

それでも、ずっと叔父さんを独り占めしていたいんだ。

 

俺の、大好きな、叔父さん。