小さな冒険

 

 

「なあ、知ってるか?」

学校で、ハリーが突然、話を切り出した。

「森にさ、最近獣の死体が沢山転がってるんだって。」

「狼とか、コヨーテの仕業じゃないの?」

コーディが言う。コーディは怖がりだ。少し体を震わせているのが分かった。

「それがさ、肉は残ってんだよ。血だけ吸われてる死体が、ゴロゴロしてるらしい。」

「へえ。」

おれは興味無さそうに返事をすると、ハリーはおれの肩を掴んだ。

「ウィル、お前なら分かってくれるだろ?!」

「何が?」

「冒険!探検!スリルと探究心!」

おれが思うに、多分それ、ロバートなんだよなあ。神父様の血を飲んでいるロバートは、神父様が年なのを気にして、森で動物の血を飲む時もある、と言っていた気がする。

「見に行こうぜ、なあウィルー!」

「でも、母さんが心配するし。」

「そうだよハリー。それに、怖いし。」

「俺達3人、村の探検隊だろ?!何ビビってんだよ!」

コーディの頭をペシリと叩くハリー。でも、コーディの言う事ももっともだ。だって森に入って、もしも危険な動物に遭遇したら、どうすれば良いのか。

「ハリー、危ないよ。子どもだけじゃあ。」

うーん、と唸るハリー。

「大人が一緒なら、良いんじゃないかな。誰か、強そうな人。肉屋のおじさんとか。」

コーディが提案するが、ハリーは叫んだ。

「大人が一緒だったら、探検隊の意味、無いだろ?!」

「そんなあ...。」

泣きそうなコーディを見て、可哀想になってきた。ハリーは言い出したら突っ走るタイプだからなあ。説得は難しそうだ。

「何か、身を守るものを1人ひとつずつ持って行く、とかは?」

おれが言うと、それはいいな!とハリーはおれの背中をバシバシ叩いた。乗り気じゃ無いコーディも、それなら、と渋々了承した。

「明日の夜、家抜け出してこいよ!」

「ええー、夜?」

「あったり前だろ!夜の方が雰囲気出て面白いじゃん!」

「分かったよ...。」

ハリーはいそいそと帰り支度をして、教室から去っていった。残されたおれとコーディは、仕方ないね、と言ってため息を吐いた。

 

学校帰りには、必ずと言って良い程、教会に寄る。墓参りと、神父様の家のお茶が目当てだ。神父様は、いつもおれの為にとクッキーを焼いておいてくれる。

「森に行くんだ。明日。ハリーとコーディと。」

お茶を啜りながら言うと、神父様は顔を硬らせた。ロバートは豪快に笑う。

「子供の冒険か!面白そうだな。」

そんなロバートの頬を抓る神父様。

「ウィル、森は危ないよ。子供だけで行く所じゃあない。」

優しいけど、厳しく諭す。

「でも、」

「ご両親は、知っているのかい?」

首を横に振ると、神父様は頭を抱えた。

「まあ、良いじゃねえか。」

ロバートが、神父様の肩に手を置く。

「子供の頃の、ちょっとした危険って、面白いもんだろ。エドも経験あるだろ?」

「私はそんな事、した事はないよ。」

そうだろうなあ。神父様は、子供の頃から真面目そうだもの。

「ロバートは?冒険した?」

ロバートは腕を組んで、少し考えた。あ、そうか。ロバートの子供の頃って、凄く昔なんだ。

「そうだな、俺には兄弟がいて、そいつらと良く夜の川に飛び込みに行ってたな。月明かりに照らされて、川の水が綺麗なんだよ。」

「へぇ。」

ロバートに兄弟が居たのは、初めて聞いた。何も知らないなあ、おれは。

「兎に角、」

神父様が口を挟む。

「ウィル、危ない事はしてはいけないよ。分かったかい?」

少し怒ったような口調で言われた。でも、おれがそんな事言われた所で、やめる性格じゃない事は、神父様も分かっている筈だ。

帰り際、ロバートはこっそり自分のナイフをおれに渡した。何かあったらこれで身を守れ、って。

 

約束の日、夕飯を終えたおれは、こっそり裏口から家を抜け出した。森の入り口には、ハリーとコーディが待っていた。

「おっせーよ。」

「ごめん。ねえ、何持ってきた?」

へへん、と威張るようにハリーが出したのは、銃だった。弾はしっかり入れてきた、と自慢げに話す。コーディは、腰に鉈を差していた。おれは、ロバートから借りたナイフ。これなら少しは安心だ。

手持ちランプに火を付けて、辺りを照らして森へ入る。森の中は、ランプがあっても、足元さえ良く見えないくらいに、暗かった。

時折、ガサガサと音がしたり、動物の足音が聞こえる。

先頭はランプを持ったハリー、次におれ、後ろにおれにくっ付いてキョロキョロするコーディ。

「こ、これでさ、このまま森から出られなかったら、どうしよう。」

コーディが不安な事を言う。

「大丈夫だよ。印も付けてるし。」

通り道の木に、ナイフで傷を付けて、元来た道が分かるようにした。それでもコーディは不安らしく、でも、だってを繰り返す。

「あー、もう、うっせえな!」

怒ったのは、短気なハリー。ハリーはいつも、コーディの煮えきらない態度に苛々するのだ。

「お前、何の為に鉈持ってきたんだよ!護身用だろ?!」

「で、でも使い方良く知らないし、」

「振り上げりゃ良いんだよ、そんなもん!」

「だって、」

「だってもクソもねえ!!!」

多分、ハリーも怖いんだと思う。コーディの言葉で、余計に恐怖が増すから、怒って自分を奮い立たせているのだろう。おれも、正直怖い。でも、ロバートから借りたナイフが、お守りみたいに安心させてくれる。

突然、目の前の茂みがガサガサと音を立てた。

何か、来る。

3人で武器を持って身構える。

ひょっこり顔を出したのは、野ウサギだった。ほっと安心すると、野ウサギは途端に何かにバクリと食べられた。

飛び出してきたのは、コヨーテだった。

目の前で、野ウサギを食べて、口の周りが血でぐちゃりと濡れている。まだ腹が減っているのか、鼻をひくひくさせている。

「大丈夫だ。」

ハリーが小声で言う。

「多分、まだ俺達が見えてない。音を立てないように、慎重に、後ろに下がれば、」

後退りしていると、おれは木の根に躓いて、転んでしまった。擦りむいた足首から、血が流れる。

コヨーテは、その血の匂いに気付いたのか、おれ達に狙いを定めて、ゆっくりこちらに向かってきた。

ハリーは銃を構えたが、震えて撃てない。コーディは鉈を落とす。

コヨーテが襲いかかってきた。

「うわああっ!」

と、同時に目の前に黒い影。見上げると、背の高い男が、コヨーテの首を片手で締めている。真っ赤な目で、コヨーテを見つめる。その目にコヨーテは、震えてバタバタする。

「行け。」

男が手を離すと、コヨーテは去っていった。

「大丈夫か?」

振り向いたのは、ロバートだった。もう、目は赤くない。いつものロバート。震える身体を3人纏めて抱きしめてくれる。

「怖かったー!」

「もう絶対、やらない!」

「ごめんなさいー!」

泣きながら、ロバートに謝る。ロバートはおれ達の頭を優しく撫でてくれた。

 

森の外に出ると、神父様が待っていてくれた。おれ達の姿を見ると、安心した後に、拳骨を喰らわされた。神父様は手加減してくれたから、痛くはなかったけれど、安堵感からか涙が出た。

「勇気があるのと、無鉄砲なのは、違うんだよ。」

それからロバートと神父様は、おれ達を家に送ってくれた。

「私がきちんと止めていれば。」

申し訳ありません、とその都度親に頭を下げる神父様を見て、心が痛んだ。悪い事をしてしまった。

おれは足を怪我していたから、ロバートが背負ってくれた。2人を送って、最後におれだけになって、おれはロバートの背中で小さな声で言った。

「ごめんなさい。おれ、悪い子だよね。やっぱり、ウィリアムとは、違うんだ。」

神父様は足を止めて、おれの頭を撫でてくれた。

「今回は、悪い子だったね。でも、君はウィリアムとは違う。彼にならなくて、良いんだよ。ウィルはウィルらしくいれば、それで良い。君とウィリアムは、違う人間なんだから。」

優しい声に安心して、ロバートの大きな背中に頬をくっつけた。

父さんと母さんは、とても怒ったけれど、神父様が一喝しておきました、と言うと、それ以上は何も言わずに足の手当てをしてくれた。

怖かった。でも、実は結構楽しかったのは、大人には秘密にしておこう。

 

「じゃーん!次の謎解明は、こちら!」

翌日、大きなタンコブを作ったハリーが、汚い字の書いてある紙を見せてきた。タンコブは、神父様ではなく、お母さんのとびっきりの拳骨のせいだと言った。

...読めないよ。」

コーディが言うと、ハリーは頭を叩いた。

「よく読め!ロバートの真実、彼は人間なのか?!だ!」

コヨーテに襲われた時に助けてくれたロバートの腕力と、目が赤かった事に、彼は人間ではないのでは、と言う疑問が浮かんだらしい。

「コヨーテが逃げたし、やっぱり狼男かな?」

「いーや、おれは人の皮を被ったゾンビと見た!」

検討外れも甚だしい。思わず吹き出してしまう。

「何笑ってんだよ!お前も考えろよな!」

おれの肩を揺するハリー。

「うん、おれも狼男に賛成、かな。」

本当は吸血鬼だなんて、絶対に言えないよなあ。神父様との約束だし。

「帰りに神父様の家、覗きに行こうぜ!」

そんな事しても、恐らくすぐに見つかるだろうけど、神父様の家のクッキーとお茶は美味しいから、いいかな、と首を縦に振った。

神父様とロバートの困った顔が、目に浮かぶ。それから、きっと、ため息も吐くだろうな。

今日も面白くなりそうだ。